vsエメルデス2

 虫を踏みつぶすように、という表現がある。


 ほとんどの生物が絶滅したこの世界では虫など、オワリは見たことないだろう。だが相手との体格差はそれに等しい。


 つまりは踏まれて死ぬ体格差、それが殺意に満ちた剣の振り下ろしともなれば、掠るだけでも肉が飛んでしまうだろう。


 だが当たらなければどうということはない。


 ふわりと、重量を感じさせない、まるで羽毛のような身のこなし、避け切った後に遅れてくる風圧がなおその体を押し遠ざけ、オワリは安全圏へと余裕で着地した。


 巨人騎士との戦いは初めてでも、オワリはドローン相手に百戦錬磨、こんな見やすい攻撃など止まってるも同じだろう。


 オワリは虫とは違うのだ。


 対する騎士は顔で逃げるオワリを追いながらアスファルトにめり込んだ剣を引き抜く。


 残る穴は陥没、切断には程遠い跡、しかし破壊力は抜群、同じ騎士同士で戦っても致命傷を与えられるだろう。


 そう考えれば、更なる最悪も想像できる。


「バウァ」


「わかってる。逃げよう」


 言葉を置き去りに、オワリは疾走する。


 最初の一歩は踵で踏切り落ちる力を流して最高速、二歩目からは踵は最小限に、すぐに足を放して負担を最小限に、武術で『縮地』と呼ばれる走法を独自にアレンジしたオワリ独自の走り方、その速度はそこらに転がる車がスクラップ前であっても決して追いつけない速度で疾駆できる。


 ただしスタミナは有限、それに流石に弾丸には追いつかれる。


 加えて走るのは高速道路の横、右手に敷居、左手はザイコ‐アーセナルへ通じる荒野、隠れてやり過ごすには次の入口で再び道路へ上がらなければならない。


 それまでの追いかけっこ、チラリと振り返れば騎士はオワリに向いて、だけどもそこを動かなかった。


 手の盾や剣を投げつけられたら面倒だったが、その様子もない。


 なんだただのでくの坊、でかいだけが取り柄で能無しのブリキだったらしい。何が目的かは知らないがそこでさび臭い指でもくわえて優雅で美しいオワリの後姿をそのカメラに焼き付けるがあああっっっと!


 オワリ、急停止、そして直角に外側に跳び、高速道路より距離を取る。


 何事かと理解する前に爆発、崩壊、そして現れたのは想像してた更なる最悪、二体目の騎士の登場だった。


 身を屈め、車高の高い車の影に隠れて、表面に突いた破片は恐らくアスファルト、まさかと思うが匍匐前進で音と姿を隠して迫っていたらしい。


 そうして現れた二体目、その背後には更に最悪な三体目が見えた。


 現状把握が間に合わない内に更なる破壊音、それも二か所、あっちとそっち、行く先と離れた方からの崩壊、からの登場、騎士は騎士団だった。


 そしてこの陣形、想像以上にこいつら頭悪くない。


 高速道路側は完全に封鎖され、逃げ道は荒野のみ、何もない空間を、オワリの足ならば一時は逃げ切れるだろう。だがしかし、狩りとは速さを競うものではない。一時逃げられたとしても、追いかけ続けて獲物が付かれて止まったところに追いつけばよいのだ。


 知らぬ間にオワリは追い立てられていた。


 どうする?


 こうしたときのために私はいるのだ。考えろ思い出せ閃いてかっこよく救うのだ。


 ……雌犬のマネをするのはどうだろうか?


 四つん這いでセクシーに腰の括れを見せつければ生唾ごっくんで思考がフリーズして時間稼ぎができるかもしれない。いや、それで発情してのしかかってしまうかもしれない。このナノマシーンの体でどこまでオワリを満足できるかは疑問だが一人で練習してきたのだ。きっと上手だとおほめてもらえる。


 よし、と思った時にはもうオワリは走り出していた。いや、走り続けていたのか?


 向かう先は、ザイコ‐アーセナルだった。


 あぁ、うん、一時的に隠れるならばあそこもいいね。


 そう伝えようと思った時にはもう目の前、オワリは助走に乗って大きくジャンプしていた。


 ただし焦りから、ルートは最悪、真っすぐ監視カメラへ向かっていた。


 いくら素敵なオワリでも空中での方向転換は不可能、それでも重心移動で足を前に、そして監視カメラのレンズへ、その土がついても綺麗な足で、飛び蹴りをかましてしまった。


 明確な攻撃、ステルスとは程遠い行動、当然の結果として警報が鳴り響いた。


 下手を打ってしまった。


 溢れ出る大量のドローン、最初から監視ドローンではなく大型警備ドローンが出張っている。


 四輪バギー型軽機関銃装備ドローン、中型飛行型電撃砲装備ドローン、六輪車両型鳥もち臼砲装備ドローン、そして最悪を最低に最悪に悪化させる、多脚サソリ型マルチ装備ドローンが出てしまった。


 サソリは、正式には六脚戦車と呼ばれる大型ドローンと呼ばれ、青い装甲にタイヤのついた四本脚とロケットハンマーを搭載した両腕を持ち、背後から頭上に伸びる尾の先にレーザーを、背中にはホーミングミサイルを搭載した、こいつだけは最先端、この世界で最後期に開発された兵器ドローンだった。


 それがわんちゃか、高々監視カメラ一台に御大層に溢れ出た。


 当然狙いはオワリ、囲い、照準と銃口を向けてくる。


「バハハハ」


 私のはなったものすごくかっこいいウィットにとんだ台詞を残し、オワリは切り返し、来た道を駆け戻る。


 今更の悪あがき、騎士はまだしもあのドローンに雌犬のポーズの良さはわからない。もうこうなっては、脱いでしまうしかないのではないか?


 盛り上がる私の前で飛行ドローンがバチバチ言い始める。落雷放出の前段階、チャージしている印、いくら何でもオワリでも電撃はかわしきれない。


 防御手段は、私が盾になることだが、嫌だなぁ。


 思っていると願いがかなったのか、飛行ドローンが弾けた。


 いや、撃ち落とされた。


 今確かに、私は何かが飛んできて当たったのを目撃した。


 飛んできた方向は、騎士団からだった。

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