vsアイン・ダイン3

 オワリは黙って私を、槍の穂先を、男へと向ける。


 左半身を前へ、へその高さで床に水平、相手の武器を弾き、喉腹を貫くオーソドックスな構え、凛として構える姿は美しい。


 だが、その穂先に若干の揺れている。


 迷いか動揺か、構えにブレが現れていた。


 やはりオワリは優しい娘、その気も知らずに男はなお叫ぶ。


「なんだこんな卑しい小手先なんざ通じねぇってか? いい加減にしろ澄ました顔しやがって!」


 ガシャンガシャンとデスクを揺らしながら飛び降りるや建物全てを揺らすような地団駄を踏んで見せる。


「あぁそうだな! どうせ俺は卑しい卑怯もんだよな! だから俺の能力はんな『リトルエル』なんだよな! 下賤にはふさわし能力って何笑ってんだてめぇ!」


 幼なかったオワリでも絶対に見せなかった、感情の爆発、地団駄はデスクへの蹴りに変わり、上に乗ったものが揺れて倒れてこぼれて落ちた。


 そこまで怒り狂いながらもそれを決して直接オワリへと向けない。むしろ若干距離を取っている様子さえも見える。


 ……そこに違和感を感じられたのは、流石はオワリだった。


 タン、と軽やかな足音を残して一歩横へ、そして着地と同時にチラリと見た足元には、あの黒い穴があった。


 穴は、移動していた。


 動きはじれったいほど遅いが、それでもにじり寄り、オワリの足を狙うように動いててて、あわや触れる寸前だった。


 チッ!


 舌打ちは男から、つまりは科学を超えた得体のしれない何かを、この男は操っている。


 ……これは、危険だ。


 原理不明の攻撃、かつ明確にオワリの身を狙っている。交渉などできるはずもなく、ならば取る手は一つしかない。


 すなわち逃げること、それが最善だとオワリは学んでいた。


 ……なのに、逃げないのは相手が人間の男だからだろうか。


「何見てやがる」


 オワリの心も知らないで男はすごんで見せて、あの地団駄が嘘のように静かに、一歩、踏み出した。


 両手を左右に広げまた一歩、そして一歩、加速して一歩、駆けだした。


 迫る男に、オワリは一歩だけ引いて、それから私を持ち直した。


 鋭い穂先を後ろへ、刃のない石突を前へ、戦いを覚悟しながらも不殺を通す構えを見せた。


 それに怯まず、あるいは理解できず、男は突撃してくる。


 オワリ、突く。


 かすめるようなすり足、流れる重心移動、腰から肩、肘、手首、連動して突き出される芸術の一突きは、違わず男の左肩、鎖骨を穿つ。


 その刹那、男の肩に黒いあながあああああ吸われ座れるううう削れて飲まれて体がああ私のからだがあああああああ吸い込まれて削れああああああああヤバい死ぬ死んであああああああ消滅がああああああ自切だあああ自切をああああああああ!!!!


 ブチリ。


 白銀のナノマシーンで構成される私の体の三分の二ほどがごっそりと、黒い穴に飲まれて消えた。


 ……危なかった。


 私はコアさえあればナノマシーンは再生できるし、最悪コアも壊れても本体であるは遠隔操作なので死にはしない。


 だが、オワリを守れなくなる。


 こいつでなくても素手では心もとない。最悪の二歩か三歩手前といったところか。


 だがそれでも、オワリにはダメージがあった。


 ポーカーフェイスなど知らない彼女は感情が顕著に表情に出る。


 今の心は、絶望だった。


「やっといい表情になったな」


 私に突かれて足を止めてた男が矢らしく笑う。


「そうだ。その顔がいい。俺を殺そうとした罰だ」


 笑って、そしてまた両腕を広げた。


「次は全力で、殺してやる。言っとくが、その次元パズルが人質になるなんて考えんなよ。俺は新たな世界とか希望とか、もうどうだっていいんだ。全部粉々にしてやる」


 人付き合いがほとんどないオワリでさえもはっきりとわかるような、強くてわかりやすい、殺意、この男は私が教えるまでもなく敵だった。


「リトルエル!!!」


 男が叫ぶやその全身に穴が空く。


 黒く深く、なのに貫通してない穴、掌、二の腕、肩、胸、足、そして顔、余すとこなく開けて並べる。


 攻防一体、接触即死の構え、考える限り最悪の形態となった。


 対するオワリは、私を背後へ遠く、壁に投げ捨てた。


 その表情は絶望から、より暗いものへと変わっていく。


 終わりの感情、漆黒の殺意、オワリは男を殺すことにしたようだ。


 その変化にも気づけず、飛び掛かる男、その様は獣のように見えて、実際は子供のようだった。


 突き出す男の右手、穴の開いた手の平を押し付けるような動作は杜撰で緩慢、オワリが見切るのは容易だった。


 静かに合わせて左手を差し出し、さも当然のように男の、三センチほどの穴を開けたくても開けられない部分、右手の中指を掴むやそっと優しく捻る。


 それだけで男の身は跳んだ。


 生物は己の体が壊れないように反応する。


 例えそれが戦闘中でたかが指一本であったとしても、これ以上いったら折れるとわかれば止まるし、折らないためならば体ごと跳んで回って回避しようとする。


 自己防衛の反射本能を逆に利用し、より悪い結果を叩きつける技術、この世界では『合気』と呼ばれ、紡がれてきた武術だった。


 ……オワリをこの世界に一人残して死んでいった前の世代、それでも罪滅ぼしか、あるいは死に際に何か傷跡を残したかったのか、数多の技術を伝授していった。


 その中には一子相伝と呼ばれる戦闘技術も含まれ、その中の一つがこの投げ技だった。


 これら一切を理解しないまま、男は己の防衛本能により、指を庇って身を投げていた。


 そして背中より床へ、空いてる左手で受け身を取りつつぶち当たった。


 衝撃の音は小さい。


 代わりに広がるのは、崩壊だった。


 予測するまでもなく、これは男の黒い穴、確かリトルエルだったか、それによる浸食、床のコンクリート、鉄骨、電線に、下の階の電灯、軒並み削り、消滅して、大きな穴となる。


 そして下の階へ、落ちる前にボキリと折れる音、オワリは男の指を放してなかった。


「ぎゃあああああああああ!!!」


 男の汚い悲鳴を聞きながら、オワリは指を掴んだまま身を屈め、落下しないよう踏ん張り、男の身を吊り上げ続けていた。


 その意味は優しさ、甘さと呼び変えても良い。オワリは男を、殺しきれなかった。


「ふっざけんなてめぇ!!!」


 折れた中指一本で全体重を支え続ける男、覗けば辛うじて足は下の階のデスクに触れて負担はさして大きくなさそうだが、それでも骨折、痛みに涙を浮かべて喚いていた。


「放しやがれ糞野郎が!」


 振り回す男の左手、振り上げられたその掌にもまた穴があった。


 これに、オワリは手を放し、引っ込めた。


 再び落ちる男、片足をデスクに引っ掛け、今度もまた頭から落ちて受け身を取る。


 同じことの繰り返し、床が削れ、穴が空き、そして下へ。


 崩壊に抵抗も減速もなく、淵に捕まろうとすればまた掌の穴が崩壊させ、遠ざけて、重力に引っ張られていく。


 …………そして姿が影に隠れて見えなくなったころ、ぐちゃりと音がして、終わった。


 これでまた、オワリはこの世界でただ一人の人間に戻った。

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