vsアイン・ダイン2

 オワリの長所は数多くある。


 何よりも美貌、可愛らしさと美しさを両立させる顔立ちに、しなやかな肢体、記憶力も計算力も高く、目も耳も良い。夢中になると周囲が見えなくなることもあるが、それも集中力の高さと見れば紛れもない長所だ。


 その中の上位に、慎重さと、それと出会った時の咄嗟の機転が絶対に入る。


 階段、駆け上る中、足元に現れた見慣れない黒い穴、これまでの間抜けなら躊躇なく踏み、そうでなくてもよけきれずに踏んでいただろう。


 だから滅んだ。


 だがオワリは滅んでいない。


「……危なかった」


 反省の言葉と共に足の下を見る。


 穴に触れるは影だけ、綺麗な素足はどちらも宙にあり、ただ一本、オワリは手すりを掴む左手一本でその身を支えていた。


 鍛えられた腕と、それでもスリムな体だからこそできた急ブレーキ、アドリブによっての回避、叱るまでもなく反省の表情を浮かべながら、オワリは一段下へとゆっくりと足を下ろす。


 そして改めて、階段を観察する。


 黒い穴は、三センチほど、いくら深くとも階段の厚みを超えるはずがないのに底が見えないほど暗く、心持少し動いているようにさえ見える。


 それが、ビッチりと並んでいた。


 階段のステップ、二十段近くある中で上半分に、まるでスポンジのように穴だらけ、にもかかわらず選んで踏めば踏まずに済む足の置き場が見て取れる。


 明らかに人為的な、何かの意思をもって穿たれた穴、そして踏まずに済むルートを作ってあるということは、踏むと良くないということでもあった。


 怪しいものは危ないもの、だから近寄らないのがこれまでも生活だった。


 だからオワリは階段を下りて、だけどもオワリは下の階に入っていった。


 慎重さ、臆病さ、それを乗り越えて勇気、そうまでしてあの声の主を知りたいらしい。


 成長、ではなくこれは反抗期だろう。


 それでも賢いオワリは、ここも同じ風景のオフィスの中で、机の引き出しを引き抜き、持ち出す。


 そして再び階段へ、穴の上にその引き出しを放り投げた。


 同時に身を引き物陰へと隠れるオワリ、爆発等への警戒、だが音はなかった。


 ……恐る恐る覗いてみれば、とんでもないことになっていた。


 引き出し、恐らく金属製、それが階段の上、穴に触れた部分から、削り取られるように消滅していった。


 化学や機械ではなく魔術の類、非科学的な危険、それが穴の正体だった。


「バァウアアア」


 撤退を指示する。


「わかってる。きっとこれのせいで降りられないんだ」


 わかってない。


 オワリ、止める間もなく疾駆する。


 最初と変らない速度、だけど踏む位置は確実に穴を避けて、わずかなステップに足の親指一本で着地、次へと跳ぶ。


 そしてあっという間に次の階へ、降り立った。


 ……物音はこの階からだった。


 ゴクリと唾を飲み、ほのかに発汗するオワリ、緊張した足取りで奥へ、音へ、進んでいく。


 もう止められない。ならばせめて守らねば、覚悟する私と共に、オワリは一番奥の部屋へ、ドアを開けて入る。


 間取りは、これまでのオフィスと同じ、違うのはいくつかの段ボールにショルダーバックに、そして男の姿だった。


 紛れもない人間の男、それも生きていた。


 デスクの上に胡坐で座り、前に広げたペットボトルに紙箱の弁当、パスタらしい中身を素手てつかみ取り、猫背の身をより屈ませて、獣のように喰らっている。


 汚らしいパーカー、長すぎる前髪、麺を噛み千切る歯はガタガタで、とてもじゃないがオワリに相応しくない。


 だがそれでも、この世界で最後の男、これも運命なのだろうか。


「ぁ」


 そんな男に向けて、声を絞り出すオワリ、緊張と不安、人の言葉での会話など数年ぶりなのだ。しかも異性、敵だと思われないために、気を使っているのだ。


 そんなオワリを見て、男はパスタを放すと、傍らに置いてあった何かしらの機械、携帯電話のようなものを取り出し、弄り出す。


 そして写し出されたであろう画面を見て、憤怒した。


「ふざけんな糞が!」


 ビクリと跳ねるオワリ、その怯えながらも美しい顔を、男は睨みつけた。


「お前も、俺を馬鹿にしてんのか?」


 何を言ってるのかわからない。私にもわからないことをオワリにわかるはずもなく、呆然としてる。


 そこへ更に捲し立ててくる。


「わかってんだよ! どうせお前も俺だから最初にきたんだろが! 馬鹿にしやがって! そんなに俺が雑魚か? あ!」


 口からパスタを飛ばしながら叫ぶ。


「どいつもこいつもいいように使いやがってよ! ウラノスのジジィだってそうだ! なぁにが君にぴったりの仕事だ糞が! こんなゾンビだらけゴミだらけの世界に置いてきやがってよ! 挙句になんだぁてめぇ!」


 ダン!


 デスクを拳で叩き、ペットボトルを倒し、何よりオワリをびっくりさせた。


 こいつは殺そう。


「それで何か、そんな俺だから来たってわけだ。わざわざよ」


 急に声のトーンが下がり、熱量が下がっていく。


 それは憤怒から憎悪への変容、関係の悪化を意味していた。


「どうせ負けない。どうせ取られない。だから俺の前までわざわざを持ってきたんだろ!?」


 最後の一言、オワリは思わず胸に吊るした皮袋を握る。


 最後の希望、謎の宝玉、私のデータも不完全ながら、これが人類を、ひいてはオワリを救うカギだと残されている。


 ただの気休めだと思われていたことに、いきなり真実味を帯びてきた。


「これはいったい」


「なんか言えや!」


 オワリを無視して男は手にしてた機械を投げつけてくる。


 非力、ひ弱、当たっても大してダメージのなさそうな投擲、それでもガードしようと左手を上げるオワリ、だがその目は、私同様見つけていた。


 回転する機械の一遍、そこにもあの黒い穴があった。


「槍だ狗闘天くとうてん!」


 言われるまでもなく私は姿を変える。


 彼女の腕に張り付いた蜘蛛の姿より、全身を崩し、伸ばし、瞬時に整え、槍へ。


 黄金の武器と化した私を掴むや一閃、下より斜め上へ、振り払う。


 弾かれた機械は壁へ、当たるやあの引き出し動揺、音もなく削られ黒ではない穴を作り落ちていく。


 明確な攻撃、明確な殺意、明確にこの最後の男は敵だった。

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