ほんの少しだけ恵まれた

ぽわふとん

第1話 自販機

冬の陽光が駆け足で暗くなりかけた午後四時半、毎日毎日、俺にとって何のイベントも起こらない、何の興も催さない中学から、クラスメートも教師も振り切って帰る誰も通らない広くて寂しい田舎道で、年季の入ったボロいアスファルトと茶色に枯れた草むらの狭間にある真新しい自販機が空気も読まずに明るく眩しい光で自己主張していたので、ポケットを探ったら百円玉と十円玉三つが偶然あったので(小銭が無ければ通り過ぎてた)それを穴にニュルっと入れ、せめて鬱蒼とした気分を紛らわせたくてド派手な紫ピンク色の炭酸飲料のボタンを押すと、スロットがぐるっと回ったが、今までの人生で絶対に揃うことは無かったから最後まで見る事もせずに去ろうとした時「大当たり!一本選んでね!」と幼稚な大声が俺の背中に突き刺さり、慌てて引き返した俺の目の前で全ての飲料のボタンがグリーンに染まってパーッと明るくなるのを見た時、それは今までの十四年の冷淡で不愛想だった世界が少しだけ微笑んでくれたかのようで、俺の貧弱な胸板の下にある心臓が暖炉に当てられたかのように高揚したが、さて二本目に何を飲むのが相応しいのか(ジャンクの塊みたいなジュースはもういらない、砂糖がごってり入った紅茶も嫌だ、何の成分も無いくせに御大層な銘が付けられたタダの水もいらない、そもそもマイナーメーカーなのでロクな種類が無い・・・)と一分二分と思考していたら、やがてボタンは静かに元の黒に戻り、チャンスも幸運も全てが無かったことになり、この時の俺の煮え切らない態度と呆気なく佇む俺の姿がまるで俺の貧相な人生そのものの行方を象徴していたような気分に襲われ、俺は一層肩を落として寂しい道を歩き出した。

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ほんの少しだけ恵まれた ぽわふとん @atabouyo1

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