ミヤコ・メイドハウスバトラーの散歩


 翌日の朝食の時、梅香さんの華奢な首には、チョーカーがついていました。

 もはやチョーカーの意味は、マルスの住民なら知らない者はありません。


 ナーキッドオーナーの我妹子、ヴィーナス・ネットワーク・レイルロードの無制限パスを持ち、絶対不可侵の女、ある程度魔法も使える女。

 公式に発表された事はありませんが、そんな話が取りざたされています。

 

 赤みかがったブロンズのチョーカーに、レッドトルマリンがはまっています。

 夫人のチョーカーが、レッド・ゴールドになるのは、だいぶ先の話です。


 ホテルのお客さんたちの視線の痛い事、あちこちで、ひそひそ話が交わされています。


「オーナーの我妹子さんよ、それにしてもお綺麗な事、宇宙鉄道もフリーパスでしたよね、羨ましい事」

「お一人だけど大丈夫かしら?」

「ウイッチさんですから大丈夫よ」


「私の娘の我妹子証文を、受けてくれないかしら……でも無理ね、あんなに綺麗でなければ、ならないのなら……」

「我妹子さんになれれば、かなり美しくなれるそうよ、もっとも、良い土台が必要だけど」

「高根の花って言葉を、実感するわね……」


「そういえば、メイドになれば五年で年金がつくって聞いたわ、寿退職しても、一生お小遣いがつくらしいのよ、我が家の娘でも、メイドさんの下ぐらいなら……」


「来年、娘にメイド任官課程を受験させようかしら」

「難関らしいわよ、家の娘は、今年スリーシスターズの都女子の一般課程に滑り込んだけど、メイド任官課程の生徒さんは、次元が違うとまで云っていたわ」


 話はあちこち脱線しながらも、色々とかしましいようです。


「色々噂されるけど、口説かれないのは助かるわ」

「美子様の権威に寄り掛かっている方がよさそうね、ついでだから、服も軍服を着ようかしら」


 ミヤコ・メイドハウスバトラーになった梅香さんには、礼服として、上級軍服が支給されています。

 その昔に日本帝国陸軍で、内親王用に特注されたものを改良した服です。


 黒い折襟の肋骨服で長いスカート、折襟ですからチョーカーが見えます。

 徽章もついています。


 徽章として、ヴィーナスの惑星記号がベースで、上部の円の中に、日本ホームの記号として桜紋と決まっています。

 その中から各ハウスの紋として、ミヤコ・メイドハウスの桜胡蝶が組み合わされています。

 ちなみにトウキョゥ・メイド・ハウスは細川桜です、この徽章は七宝焼きですよ。


 ミヤコ市内をナーキッドの女性用軍服で歩く梅香さん、チョーカーも見え注目の的です。

 今日もこれという場所もなく、梅香さんは、ある場所にたどり着いてしまいました。


 懐かしい高等女学校……照明女学院と呼ばれるその学校は、烏丸通りに昔のままにありました。

 私立の女学校です。


 十六年にもなるのね……あの頃、藤子は三つだったかしら……

 お母様は早く亡くなったけど、この後の地獄を見なかったのが救いね。


 主人から離縁され、五年前には破産した実家の借金のために、身売りを余儀なくされ、ほどなくして子を身ごもった。


 誰の子かわからぬお腹の子、女郎の身としては堕ろすしかなかった……それでも藤子の為と、御客に身を任せたのに……その後さらに増えた借金の為に、藤子も身売り……


 ……お父様は鬼ね、私たちのお金を賭博にいれあげ、無一文になると一人だけ逃げるなんて……


 私の売り証文を出した以上、親子の縁は切れている――この世界では娘を売り飛ばす以上、親子の縁はきれると判断される、法的にどちらも扶養の義務などは発生しない――ので、親でもないけど……


 六条楼の旦那さんは分かっていたのね、売り証文を要求したもの……


「足立先生はご健在かしら、いまならご挨拶に伺えるわね……」

 校内に足を踏み入れた梅香さん、事務室を訪ね、来意を告げました。


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