『勇者』は走らせない


 聡子さんの猛反対などどこ吹く風、ルンルンで運転免許試験場の一発試験にチャレンジ……でしたが、物の見事に方向転換で、パニクッて落ちました。


 余りの下手さ加減に、自動車学校の修了検定が問題になり、きつい注意を喰らったほどです。


 軽免許が難しいといわれる理由は、修了検定後の運転免許試験場での、一発試験のためなのです。

 

 それでも不屈の闘志というか、現実が理解できないというか、あきらめない智子さん。


 とうとう運転免許試験場の方から、鈴木財閥とオディール女学院に内々の相談が有りました。

 あからさまにいえば苦情ですけどね。


「鈴木智子嬢は免許など取らせられません、危険としかいえない腕前、道路に出れば走る凶器は間違いなし」

「しかし建前上、当方は受験の拒否はできません」

「なんとかご本人に、免許はあきらめるように説得してもらえませんか」


 この話を聞かされた鈴木順五郎さんは大激怒、

「智子!運転免許はあきらめなさい!」

 と、怒鳴る始末です。


「お父様、智子は美子様に購入していただいた身です」

「私は美子様に、ご奉仕するために免許を取ろうとしているのです」

「美子様の為にすることです、何がいけないのですか!」


 美子様の名前を持ち出された順五郎さん、ほとほと困ってしまいました。

 

「智子がこんなに頑固とは……困った事になった……」

「お父様、こうなっては美子様に、お願いするしかないのでは?」

 聡子さんも、妹の免許問題にお手上げです。


「本当に困った事、怖いもの知らずなのでしょうね」

「このままでは人様から、『勇者』と呼ばれるでしょうね……」

 母親の駒子さんが、変わった言葉を言いました。


「『勇者』?」

「いやね、この間ね、朝倉さんの奥様と一緒に、お買い物に行ったの」

「その時、私たちの車をすごいスピードで追い抜いた車があって、運転手さんが『勇者』がいるって云ったのよ」


「それがおかしくてね、ついつい無謀な車を見ると、『勇者』が走っているって思うのよ」


「なるほど……恥を知らない愚かな方ですか……たしかに、逆説的な意味での『勇者』ですか……上手いたとえですね」

 くすくす笑いながら、聡子さん感心しきりです。


「『勇者』は走らせない、鈴木の家の娘としては、恥ずかしい限りですね」

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