第二章 織田千代子の物語 夏越祓(なごしのはらえ)

リベンジ


 六月初旬の土曜日、東京の空は予想通りの曇りだった。

 オディール女学館七回生の織田千代子は、親友の六条晶子と有楽町界隈を歩いていました。


 折角の休みなのだからと、鈴木聡子が有楽町の映画館のチケットをくれたので、映画を見ての帰りです。


 突然、歩道の真ん中で立ち止まった織田千代子、目の前には男が一人立っていました。


「荒井……」

「おや、珍しいところで会いますね、宮川遊郭六条楼におられるはず」

「お女郎がこんなところを、こんな時間に歩いていて、いいのですかね?」


「身請けしていただきました!」

「それはそれは、ご奇特な方がおられたのですね、ところで、水揚げの私につれない態度ですね、上客だったのですよ、私は」


 当時都女子学園の七回生、十八歳になっていた織田千代子は、それなりの事が解禁されていたのです。


「……」

 無言で睨みつけている千代子さん。


「おぉ、こわ、三回ぐらいで、私に足を絡めて、腰を擦り付けてきたというのに、いまの旦那が飽きたら、私に連絡してくれれば、満足させてあげますよ」

 名刺など渡して、荒井という男は去って行きました。


「千代子……」

 六条晶子はかける言葉も、ありませんでした。

 

「六条のお嬢さん、あの男、お知り合いですか?」

 後ろから声がしたので、晶子が振り返ると、どこかで見たような男が立っていました。


「貴方は確か……」

「白川誠司、鈴木商会の京都支店を預かる者です」

「先月、京都でお会いしています」

「支店長さん……その節はありがとうございました、今の男は……」


「そちらの方の、お知り合いのようですね、あまり好ましい間ではないように、お見受けしました」

「よろしければ、事情をお聞かせ願えませんでしょうか」

「鈴木商会としても、あの男には含むところが有りますので」


「含むところ?」

「はい、含むところがあります、かなり根深く」

 支店長の言葉を聞いて、頷いた千代子さんです。


「では、ここではなんですので、場所を改めましょう、六条のお嬢さんも、関係がある話と思われますよ」


 三人は支店長の案内で、すぐ近くの鈴木商会本店へ。

「京都支店長の白川です、総支配人に呼ばれております」

 とても綺麗な受付嬢に、声をかけています。


「伺っておりますが、お連れのお二人は?」

「今進行中の案件で、有意義なお話を御提供くださる方で、智子お嬢様の御学友です、お取次ぎください」


 受付嬢が、秘書室に電話をしています。

「お通りください、総支配人室はご存知ですね」

「分かっております」


 秘書さんたちに会釈しながら、さっさと総支配人室に入る白川京都支店長です。

 総支配人室では、鈴木順五郎さんが三人を待っていました。


「白川、ご苦労、まずはお嬢様方のお話を聞きましょうか」

 千代子さんは事実を語りました、かなり恥ずかしいことも洗いざらい……


「織田織物は、手形詐欺にあったのでしょう」

「荒井という男は、今では六条さんを妾にしようとした、ご老人の腹心の部下ですが、もともと織田織物の大番頭、それが裏切ったようですね」


「織田織物の保有資産は、荒井に褒美として与えられているのですが、まさか詐欺団まで配下に持っているとは……」

「事が厄介になってきた、結果的に美子様の女に手を出したことになる」


「下手をすると、メキシコの二の舞になる」

 途中から独り言のようになった、鈴木順五郎さんの言葉です。


「ご苦労さまでした、ちょっと大事になりそうですが、織田さんのリベンジは、確実に行われるでしょう」

「もう、あの方は把握されているはずですから」


 六条さんが、

「お聞きしていいか分からないのですが、この件にあの方が絡むのですか?」


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