櫓の上で


 その頃、鈴木聡子さんは、美子達のところへ戻ろうとしていると、目ざとく見つけた、田園調布商店街の会長さんに捕まりました。


「このたび鈴木商会様には、後援していただきありがとうございます、御蔭で盛大に催す事が出来ました」


「私は余り関係ないので、気にされる事はありません」

「私も参加したかっただけですから、そういえば歌い手はどうされましたか?」


「民謡歌手が捕まえられなかったのです、やはり歌い手がいる方がいいのですけど」

「そうですね、やはりお囃子だけでは寂しいですね……歌の上手い方は、会場にいるのですけど……」


「ぜひお願いできませんか、上手ければ、素人さんでも歓迎します、あまり出演料は出せませんが……」

「お金はいいのですが……好きにさせろとは云われているけど……ご本人に聞いてみますか」


 会場に設置されている拡声器から、

「会場のお客様の中におられる吉川美子様、吉川美子様、鈴木聡子様がお待ちです、本部テントまでお越し下さい」


「聡子さんが?なにかあったのかしら?沙織さん、ちょっと行ってきますので、後はお願いね」

「クローイ・アルダーソンさん、お聞きの通りで、おごりは不要です、身体を大事にしてね」

 そういうと、本部テントの方へ行ってしまいました。


「私が民謡を?」

「いかがでしょう、お姉さまは好きにさせればいいって、おっしゃっておられましたが」

「学校は大丈夫かしら、その他、色々ありますでしょう?」

 

 聡子さん、会長さんに

「この方はまだ女学校在学ですので、大丈夫とは思いますが、ご配慮出来ますか?」

「当方はお名前も御歳も分かりません、これでいいですか?」


「お囃子の方々は、納得されますでしょうか?」

 美子さん、ささやかに抵抗を示していますが、まぁ体裁の為でしょう。


 聡子さんが、

「鈴木商会がお願いした方々ですので、協力して下さると確約できます、私が説明してきます」


「分かりました、こんな私の下手な声で良ければ、歌わせていただきます」


 盆踊りの二回戦は、民謡歌手付きとなったわけです。


 ……ただいまより、盆踊りの二回目を始めます……


 美子さん、櫓の上に上がります。

 さすがに上手いもの、歌姫ですからね。

 掛け値なしの美女が、美声で歌うわけですから、皆さん、歌に誘われるように踊りを……


 盛り上がってきています。

 結構のりのいい曲が有りますからね、八木節など英語で歌っています。

 プリンスエドワード・インターナショナルスクール高等女子部の生徒たち、のりのりですよ。


 美子さんも、楽しそうにはじけています。


 十曲歌い終わると、盛んな拍手、そしてなぜかアンコールの大合唱、

「いま少し歌って下さい!」

 東京調布女学校の、女生徒達のようです。


 お囃子方が、レパートリーが書かれた紙を手渡しています。


 ちらっと見た美子さん、デカンショ節などを歌い始めます。

 こうなると止まりません、次から次と曲が飛び出し、

五曲ほど歌った美子さんでしたが、広場の皆さんに向かって、語りかけ始めました。


「皆さん、こんな私の歌に、アンコールなど頂き、感謝に堪えません、踊りの歌ではありませんが、今の私の気持ちを歌わせていただきたいと思います、よろしいでしょうか」


 万雷の拍手です。


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