第8話 靴も足もずぶ濡れ
「ほな、さっそく教室へゴーや」
俺はこいつを振り落として逃げるのを、あきらめていた。肩に、今世紀最悪の外見をしたマスコットを乗せたまま、下駄箱で靴を履き替えてゆく。
「椅子に座って、今後の作戦会議やで。あ、ワイはクラスのみんなには認識されんけん、気にせんでええでな」
「なんかお前の関西弁って、いろんな地方の混じってるよな。けん、って広島のほうのだろ?」
「しゃーないやろー。ワイのお父ちゃんは関西人やないねんもん」
「いやいや! お前の作者はテキトー過ぎだろ! ちゃんとキャラにしゃべらせる地方を決めとけよ」
「まーまー。ホンマもんの関西人には敵わへんのや、エセでもなんでも、楽しけりゃええやん」
「ダメだろ!」
俺の即答に、う○こが目を三角につり上げる。
「んな細かいこと気にしいなや! 虫に顔刺されたってなぁ、みんな三秒ほどしか心配せんねん。わかるやろ!」
わかってたまるか! でも言い返すと、延々と抗議してくるから、それも嫌気が差して、ぐっと抑える。
「わかったわかった、もうつっこまないよ」
ったく、なんで朝から理不尽な説教をガーガーくらわなきゃならないんだよ! こいつの作者はこんなキャラが子供に受けると、マジで思ってんのか? 暴論を怒鳴り散らしてるだけで、ただただ不快なだけじゃねーか! こんなのギャグ漫画でもなんでもねーよ!
あれ? 下駄箱に靴がびっしりと収まっている。みんな、こいつの奇行に驚いて、川を跨いで逃げていったのに。まるで俺が大遅刻したかのような靴の並びっぷりに、ちょっと焦った。
下駄箱の周辺には誰もいない、それなのに、靴だけ、隙間なく入っているのだ。
つい目で探してしまう、アンリの靴も、しっかりとかかとを揃えて置いてあった。
何事もなかったかのように……。
ん? こいつの奇行でみんなが騒いでも、こうやっていつも通りに日常が進んでいくのならば、こいつ、無害じゃね? 俺一人が困惑してるのを除けば、だけど。
「ずぶ濡れじゃ」
「は?」
「靴がずぶ濡れなヤツ多いなぁ思てん」
ほれ、と短い指で示される。俺はあんまり他人の靴に顔を近づけたことがないけれど、ちょっとの間、息をとめて、薄暗い下駄箱の中をまんべんなく凝視した。
……本当だ。雨の日みたいに、下駄箱ごと濡れて、靴の色がぐっしょりと変わっている。
「ワイが声張ったせいで、仰天して川までどぶりこんだヤツらやな」
「で、でも、お前の存在って、ほとんどスルーされてるんじゃ……」
「せや。ワイの存在は、スルーされとった。今まではな。だけど何度も何度も、この世界を右往左往しとったらな、あんちゃんだけが、ワイに反応を返してくれたんや。けっこう嬉しかったんやで〜」
へへ、と鼻のあたりを短い指でこすり上げるカピバラ。俺はカピバラに初めて反応してしまったらしい昨日の俺を、はったおしたくなった。
「ずーっと一人ぼっちや思うてたところに、あんちゃんが大声あげて反応してくれたんや。そして今、あんちゃんだけでなく周囲にまで、じわじわ影響が出とる! クッフフフフ、まさかここまでワイの存在が重要になってくるとはな。成功や! 勝利の女神はワイに微笑んだんやあああ!」
人の肩の上で、う○こが手足をばたばたさせながら高笑いするという、衝撃の光景。精神衛生上、けっして目にしてはいけないものだった。
心の底からげんなりして、俺は無言でそいつをはたき落とした。そしてそのまま、歩きだす。
「あー! おいこら待てやゴラア! マスコットの定位置ゆうたら肩の上やんかワレエ! なに廊下を素足で走らせとんじゃい!」
俺は足早に教室へと到着した。そこには、いつも通りのクラスメートの姿があった。担任が来るまでの間、友達としゃべったり、やってない宿題を教え合ったり、机につっぷして寝てる。
……あれ? なんか、教室の床が、濡れてるぞ? それに葉っぱとか、木の枝みたいなのもくっついてる。うわっ! 生臭っ! 綺麗な水じゃないのか、異臭がする。
まさか、これって、川の水!?
「足、びちょ濡れなヤツら多いな」
うわ、いつの間に肩に!!
「川にどぶりこんだヤツらが、そのまま教室に収まったんやな。どや? これでわかったやろ、あんちゃん。この世界は漫画で、あんちゃんは漫画のキャラやで。そしてワイはこの世界で唯一、ギャグの影響を次のコマまで持ってこれるキャラに進化したんや! 今まではせいぜい一コマ二コマ程度やったんに! うおっほー! やりたい放題やで、あんちゃん!」
「俺、病院で頭とか診てもらったほうがいいかも……」
「現実を見ろや!」
「これのどこが現実だよ! きっと俺はまだ布団の中で寝てるんだ〜」
はーい席につけー、と担任の先生が教室に入ってきた。
「あ、先生」
つい条件反射で朝の挨拶をしようとした、そのとき、先生は床の水たまりを踏んで、ステーンと横に倒れてしまった。
「はーい、お前ら席につけよー」
せんせえええ!? 起きあがろうともせずに、その第一声かよ!
って、お前らも席につくなって! なにか反応してやれよ! 先生がボーリングのピンのごとく倒れたまま、いつも通りのテンションでいるんだぞ!
「ほーら、あんちゃんも席につけよー」
「お前は黙ってろ!!」
「せんせー、二階堂くんがいじめまーす。黙れとか言ってきまーす」
先生は横たわったまま、俺たちには無反応で「はい、おはよー」とか言ってる。
俺は……もう、どうすることもできずに、席についた。うう、周りの席のヤツらから、生臭い異臭がする……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます