第7話   翌日も崩壊

 鞄を背負って、登校する。うん、普通の道だし、普通の俺だ。曲がり角から急に瞬間ワープすることもなかった。校舎の屋根が、見えてくる。


 少し変わったことと言えば、俺の前を歩く、他校の女子生徒くらいだろうか。初めて見る制服だった。後ろ姿だけで、腰のくびれがはっきりとわかるほどぴっちりしたブレザーの制服と、風が吹いたら絶対ヤバイ短さの、チェック柄のスカート。引き締まってるけど、むっちりしている生足……。


 これ、後ろを歩いてるだけで、俺が変態扱いされないか心配になるレベルなんだが。体、どうなってんだ? そんなにぴっちりした制服を着て、息できるのか?


 それに、紫色の長い髪ってのも……。まるで頭だけが紫芋だ。このへんに、校則がゆるい高校なんて聞かないし、ヤンキーなのかなぁ。今まで不登校で、今日初めて登校してるのかもな。


 あ、自販機の陰に隠れちゃった。まあいいや、追い越して行こう。



 校門手前に川があり、そこに掛かる橋の上を、リュックを背負って歩いてゆくアンリを見つけた。あ、今日は頭の左右で、お団子を作ってる。


 大勢の学生がぞろぞろと校門へ吸い込まれてゆく中で、やっぱりあいつだけが、輝いているというか、将来きっと幸せになるような、そうなって欲しいと感じさせるような、そんなオーラを感じる。


 俺はさりげなく足を早めて、偶然に後ろにやってきたかのごとく、アンリへと追いついた。


「おは、わああああ!」


 アンリのリュックと目があって、俺は顔面にバレー部部長のボールが命中したごとく叫んでしまった。チャックの部分は口で、模様だと思ってたのは、やつの目玉だった! にやりと細まる、不気味な両目に、チャックからは真っ赤な舌がベロリと一回転……なんの妖怪だよ!


「おま、おまっ! お前なんでリュックに!」


「あ、おはよう、二階堂くん」


 アンリが俺に振り向いたと同時に、アンリのリュックを覆っていた茶色いう○こがスルリと這い上がって、アンリの頭部を覆った。


 アンリの頭部が、あいつに噛みつかれているみたいになっている。


「アンリ、それ、その頭……」


「あ、わかる? ふふっ、お団子二つにしてみたの。不器用だから、ちょっとくしゃってなっちゃってるけど」


「被り物してちゃ、わからないだろ」


「え? 被り物って?」


 眉毛を寄せて、不安そうに小首を傾げるアンリ。俺から意味不明な発言が出るとは思ってもみないような、純粋な瞳が俺に刺さる。


「おはようさん、あんちゃん」


 アンリの顔を食べるような形で、器用にしゃべる、やつの口。気になる女子の顔が、こんな不気味な生命体(?)にもぐもぐされているなんて、周囲を歩く大勢がいなきゃ絶叫とともに引っ剥がしているところだった。


 アンリの目線が、急に明後日のほうへ移動したと思ったら、


「ヒデくん!!」


 俺の斜め後ろに、ヒデが歩いていた。アンリが心底嬉しそうな、安堵した笑顔で、顔中ばんそうこうだらけのイケメンに駆け寄ってゆく。


「よかった、来てくれたんだ。昨日、お家に電話してよかった……」


 アンリが胸に手を当てて、ほぅっと息をついた。本当にどこまでお人好しなんだよ。ってか、自宅の連絡網にも出ないヤツなのに、よく電話に出たな。あ、まさか、アンリの番号だけ特別に出るとか? うぐぐ……いつの間にそんなに関係が進んでたんだ。


「朝から見事な当て馬っぷりやな、あんちゃん」


 俺の右腕に、細長いう○こが巻き付いていた。もはやカピバラとの共通点が色しかない。


「お前まさか、昨日ずっとアンリといたのかよ」


「せやでー。アンコちゃんちーっとも気付かへんもん、目の前でイチゴパンティ被って踊ったったわ」


「なにやってんだよお前は!!」


 左手で右腕のう○この頭部をベシンと叩いた。ヤツの頭が「ビヨヨヨ〜ン」と激しく上下し、目玉もタコの吸盤のように増えて上下に振動するという、恐ろしい光景を目にしたが、俺の心のどこかが冷めてしまったのか、驚かなかった。アンリとヒデの関係が、よっぽどショックだったのかな、俺……。


「あんちゃんあんちゃん、毎日こないなウダツの上がらん日常、情けのう思わんのか?」


「俺にどうしろってんだよ。もう、アンリたちの間に、割り込んでく隙間なんか、残ってない気がするし……」


「カーッ! もっと熱くなれやワレェ! アンコちゃんは肉体言語でモノ言わすワイルドかつ熱い男が好きなんやで? ええんかー? あんな不登校暴力野郎にアンコちゃん取られてしもても。ワイは嫌やで! 惚れた女があきらか不幸ロードをまっしぐら進んで行くんはな!」


「俺だって――!!」


 思わず、口をついて出た大声に、ハッとして周りをきょろきょろ……。腕にいるそいつが、ニヤッとした。


「よーやっと本性出しよったな。ええか? 今のおまんじゃ作者の意向以外の行動は制限されんねん。そ・こ・で、別マンガのワイの出番じゃ。ワイだけはこの世界の制限を受けん。あんちゃんが思うように行きたい道を、ワイが先導して連れてったるわ」


「え〜…………?」


「なんやその目ぇ、まだ信用してないんか? ほんっまに当て馬は」


「当て馬は関係ないだろ」


「ほな、ワイがこの世界の制限を受けんいう現実を、昨日に引き続いて、あんちゃんに見せたるわ!」


 今更だけど、こいつの関西弁、めちゃくちゃだよな。いろんな地方のが混じってる感じがする。


『みなっすぁーん! はよ校門くぐらんと遅刻すんでー!!』


「ちょ、やめろバカ!」


 やつがスイカも丸飲みにできそうな大口を開けて、特に面白みもない台詞を大声で、そしてギザギザの縁取りの台詞が、どこからかポンと出現して校門をふさいでしまった。


 今まで見た中で、いちばんデカイ。『みなっすぁーん! はよ校門くぐらんと遅刻すんでー!!』が、皮肉にも校門をふさいでいる。


 ポン、ポポポン、と軽い音を立てて、目玉を宙に吹き飛ばす、生徒一同、否、校門付近に立っていた先生までが。みんなして「ワ〜!!」と叫び声を上げたかと思ったら、両足をうずまきの一本線に変身させて、ふさがっているはずの校門を目指して一直線に走りだす。そして巨大化した台詞にぶち当たり、また「ワ〜!!」と言いながら、ぜんぜん別の方向へばらばらと駆けだしていった。


 橋から軌道がずれて、川に飛び込んでザブザブと対岸へ渡ってゆく生徒もいた。夏でも冷たいであろう川に、腰まで浸かっている。女子って体を冷やしちゃダメなんだろ? なのに春先で寒中水泳だなんて……ああウソだろ、アンリとヒデもいる。ヒデは絶対に「ワ〜!!」なんてキャラじゃないし、腰に巻いたシルバーのチェーンが実母の形見だとか風の噂で聞いたから、それを濡らすようなこともしないはずだ。


 アンリも川と橋を選ぶなら、橋を選ぶだろうし。


 キャラが崩壊してるってレベルじゃないぞ。


 取り残された、俺……。


「……みんなどこ行ったんだよ。学校とは別方向に、走っていったけど」


「次のコマでは、全員が教室に収まっとるんやで。言うたやろ、この世界のキャラは作者の意向通りに進んどるんや。ワイは当てはまらんけどな」


 得意げに胸(?)を張っているカピバラ(自称)。がらんとした、校門前。


「……」


 俺、どうしたらいいんだろ。


 とりあえず、校舎に入るか。校門はギザギザの台詞が通せんぼうしてるから、付近に生えている松の木にのぼって、飛び越えることにした。


 木に登って、ふと後ろを眺めても、同じ学生服を着た生徒は一人も歩いていなかった。


 その代わりに、あの紫芋みたいな髪色の女の子が、ブレザー越しでも谷間がわかるほど大きな胸を揺らして、下がり眉毛でこっちの方角へと歩いてくるのが見えた。


 うちの学校の生徒に、何か用事でもあるんだろうか……。


 あ、ヤベッ! チャイムが鳴った。


 俺は急いで校門前の台詞を飛び越えて、校舎へと入った。


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