第5話 ひっちゃかめっちゃか
俺は、ふと気がついた。今現在、この頭痛がするような体験が悪夢ならば、俺が律儀にこいつに付いてゆく必要性はなくないか、と。
唐突に立ち上がった俺に、う◯こが「お?」と声をあげた。
「どこ行くん」
「もう付き合ってられるかよ。俺、帰るわ」
「なに急に冷めとんねん。お前、自分が漫画のキャラやって自覚できたんか?」
「ああ、まだその話すんの。俺以外の全員が、漫画のキャラみたいになってるってことだろ? 夢の中なんだし、なんでもアリだろ」
そうだそうだ、これ以上、自分から不快な思いをする必要はない。走って立ち去ればいいだけだ。
ん? なんだ? 急にズボンのベルトが膨らんで……って、コレあいつの腕がベルトの上から巻きついてるのか! まーたこのパターンかよ!
俺は「グワッ!!」と持ち上げられた。建物の二階の窓が、夕日を浴びて輝いていて眩しい。
「なんだよ! どこでも放り投げればいいだろ! 俺は着地して帰るからな!」
「ほな、遠慮なく、ぽーいッ」
ものすごい遠心力がかかって、俺は一瞬で目が回るとは思いもしなかった。
「ギャアアア!!!!」
全身に硬すぎる衝撃が走った。アスファルト的なモノに叩きつけられたと察し、その衝撃で思わずつむった目を開くと――
道路に横たわっていた。
(こ、これは夢だーー!!)
そう強く念じる心は、すぐさま俺の防衛本能によって、打ち砕かれた。目の前に迫る大きなトラックが、振動が、音が、リアル過ぎる! こんなの、わざと当たるなんてできない!!
起き上がれ俺! 早く、早く! くそっ、さっき叩きつけられた衝撃で、全身がしびれてる。
このままここにいたら、ひかれ――視界の半分を、青い車体のトラックが占めた。
クラクションも鳴らさず、ブレーキを踏んだような気配もなく。
俺は、自分の体を半分も貫通して走り去っていったトラックの冷たい感触に、意識が遠のきかけていた。
どう、例えるのが正解か。すり、抜けた……って、こと、か……? 俺の、肉体を? 大型トラックが?
トラックが走る風圧も、タイヤが道路を転がる振動も、冷たい鉄のバンパーが肌に触れる圧も、俺は感じた。
心臓が、ばくんばくんいってる。こんなになってまで、まだ悪夢から目覚めない事実は、俺の全身から熱を奪うのに充分だった。
う◯こが、とことこと歩いてくる。二足歩行で。
「あんちゃんは死なん。だって、だーいじなサブキャラやもんな。でも、まあ、あんちゃんの作者が、今後あんちゃんを殺す展開つくるんやったら、そんときゃオダブツやわな」
う◯こは俺の目の前を通過し、ハンバーガー屋の前までやってくると、
「さーて、わいはヒロインでも尾行しますか」
緑の
……え? 尾行? 今、尾行って言ったか!? そう言えばあいつ、俺とアンリのことを尾行してたって言ってたような。
ちょ、あんなヤベー暴力う〇こが、アンリのそばにぃ!?
無論、俺は全力疾走だ。さっきまで体に残っていた衝撃や戸惑いなど、とっくに吹き飛んじまっている。
嘘だろ、アンリのやつ、もうあんな遠くに!
「アンリ! アンリ待ってくれ! ちょっと話があるんだ!」
おかしいぞ、アンリのやつ、無視するような性格じゃないはずなのに。まるで俺の声に反応していない。それどころか、全力で走っている俺が、徒歩のアンリに追いつけないって、これどういうことだ!? 景色がアンリに合わせて動いているみたいだ。
俺だけ全力出して、亀のような距離しか進めない。ちゃんと地面を蹴って走ってるのに!
う〇こはアンリに追いつくと、アンリが肩から下げている鞄にひょいと跳び乗って、さらに肩にまで跳び移って、アンリの頭部をくるりと一包みした。
その後ろ姿は、まるでう◯この被り物してるみたいで、痛いキャラの女子みたいになっている。うわ〜アンリが毎日頑張ってる髪型が、う◯こに隠れてる! 女子高生の頭にリアル過ぎるう◯こて、これもうちょっとした事件だぞ!
あああ! あいつ、アンリの頭を覆ったまま、くるっと俺のほうを向いた。目を星のようにキラキラ輝かせて、なんでか猫耳のような物体を己の頭部から生やしだす。
自由自在かよ! くそ、一連の流れが、ひたすらイラつく。
「本日のあんちゃんは役割を終了いたしました〜」
「役割だあ?」
「せや。今日のあんちゃんは、ヒロインのアンコちゃんとは別の道で帰って、自宅にこもって悶々としながらメシ食って風呂入って宿題して寝るんや」
「なに勝手なこと言ってんだよ! お前を頭に被って、アンリが無事で済むわけないだろ! それなのに、家にこもって悶々だあ!? 舐めてんじゃねーぞ!」
「ほな、さいなら〜」
う◯こがひらひらと片手を振り、アンリが曲がり角へスッと消えた。
見失うわけがない距離だった。だが、追いかけて角を曲がった先には、誰も歩いていなかった。
それどころか、
「あれ……ここ、俺の家じゃん。なんで……?」
あきらかに、距離も方向も当てはまらないのに、俺んちのボロいアパートが、どんと建っていて、思わず呆然と見上げてしまった。
ちょっと待てよ、こんなの目の前にして素直に帰宅するわけないだろ。もう一度、さっきの角を戻ってみた。
「あれ?」
また、俺んちが建っていた。
「……」
あ、母ちゃんが外に出てきた。
「おかえり、ゆうちゃん。遅かったね。もう10時よ」
「え、10時!?」
そんな、さっきまで夕方だったじゃないか。
真っ暗な夜空と、アパートと道沿いの街灯に照らされて、俺はとりま母ちゃんに連れられて、台所で、晩飯を食ったのだった……。
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