第4話   俺も不自然!?

 アンリの彼氏になりたいかと聞かれて、愚直にうなずくほど、俺の青春は単純じゃない。


「そんなわけねえだろ。俺はまだ、彼女とか、作る気ねーし」


「はあ~? カラコン茶髪ピアスくんが、女ぁに興味無いぃ~? ちょっとシャツはだけさせた鎖骨チラ見せボーイが、女ぁに興味無いぃ~?」


「普通だろ、こんなの」


「どこがやねん!! どこの芸能プロダクションの新米アイドルやねん! どう見ても女性ファン意識しとるやないかい!!」


 ドゴッと鈍い音、そして胸に走る鈍痛。気づけば俺は尻餅をついてしまっていた。

 なにがぶつかってきたのか、視線を下げると、巨大化したヤツの前足が、俺の胸部にめり込んでいた。そのあまりの衝撃に、一時的に空気が吸えなくなってしまい、激しく咳が出た。


「おまんらの外見は第三者の視点を、つまり読者受けするイマドキさを意識した、いっちゃん力のこもったキャラデザによる、創られたゲロマブや! 水泳だろうが、台風でずぶ濡れイベが発生しようが、一分一秒前髪キマッとる己の存在を、不自然やと思うたことはないんか!? いっぺんでも己の存在を、漫画のキャラっぽいと疑ったことはないんか!? ああ!?」


 人のM字開脚の向こうで、う◯こが偉そうに胸を張って、俺をビジッと指差している。

 わけのわからないことを力説しながら。


「他の生徒や通行人を見てみい! 量産型ロボみたいに表情固かったり、顔のパーツが何個か無かったり、あげくのっぺらぼうまでおんねんで!? それに比べて、なんなんお前のアンニュイな表情の数々は!」


 俺は咳が止まらなくて、それでもなんとか反論するために息を吸った。


「どこにのっぺらぼうが歩いてるんだよ! みんな普通の顔して、普通に生きてるぞ」


「どこがやねん! 目とか口ないヤツいっぱいおるやん」


「それこそ、どこにだよ。いないじゃん」


「はーあ、違和感を感じるんは、よその世界から来たワイだけなんか。でも、まだあきらめへんで〜。頼みの綱は、あのアンコちゃんやな」


 人のM字開脚の向こうで、う◯こが双眼鏡を取り出して、再びアンリを覗き見ている。


「なっがいことしゃべっとんなー、あいつら。見たところあのねーちゃんたち、不良くんのグチでもくっちゃべっとんのやろな。女は、あーやってワカルワカルーってうなずきあってストレス解消するんやで」


 お前、今しがた人のこと殴っといて、なんだよ、その切り替えの早さはよ……。


「なんの解決にもならんのになー。ただの自分語りと不幸自慢と、自己完結やんか」


 俺は止まらない咳をそのままにして起き上がった。


「自己完結でも、今のアンリはそうするしかないんだよ。原因はアンリじゃなくて、ヒデが演劇部の練習に参加しないからなんだ。部活が全部ヒデの気分次第になってて、そのヒデのやつも、ほんっとにやる気なくて、いつも他校の生徒とケンカばっかして顔デコボコだし、アンリも大変なんだよ」


「だれや顧問は! そんなやる気ないヤツはよ退部にせえやボケェ! それかさっさと配役決め直せやワレェ!」


「俺にキレんな!」


 うっわ、ツバの量おかしいだろ! ティッシュ、ティッシュ……あ、ポケットからアンリに貰ったバレンタインデーの友チョコを包んでいた黄色いハンカチが。え〜、これでツバ拭くのヤダな……でも今、ティッシュを切らしてるのを思い出してしまった。しかたない、これで拭くか。


「ヒデの件は、俺も配役を変えろって言ってるんだけど、アンリがヒデを信じたいからって変えないんだよな」


 それにアンリは部長だし、責任とか期限とか気にすることも多いから、グチりたくもなるよな。


 お、俺に、もっとグチってくれてもいいんだけどな……。電話とかでも、ぜんぜんいいし……。


「おら、出てきたで。ポテトとシェーキ分のカロリーたくわえた豚二匹!」


「ぶ、豚?」


 カピバラ(?)が豆のように小さな人差し指で、自動ドアのほうを指差した。アンリが友達に手を振って、別々の道を歩きだすところだった。

 って、豚ってアンリたちのことかよ!


「お前、その口の悪さどうにかしろよ。次、友達の悪口言ったらマジで踏むからな!」


 軽く踏んでやったら「ブニッ!」という擬音が実態をともなって飛び出てきて、さらにヤツの目玉が「ドギャーン!」と棒状に伸びた。


 ……驚きを通りこして、なんかイヤになって俺は足を引っ込めた。するとヤツの目玉がひゅるるる〜と引っ込んだ。

 辺りに「ブニッ!」と「ドギャーン!」が落ちている。


 足元でニヤッと口角を上げながら、ヤツが地べたで頬杖をついていた。


「ギャグ漫画キャラに、暴力は通用しまへーん。ケガしても数コマ目には治っとりますぅ」


「ギャグ漫画? な、なに言ってんだ、お前」


 いちおう戸惑っては見せたものの、なんだか合点がいった。たしかに、吹き出しみたいなのが出てきたり、効果音が飛び出てきたり、こいつの見た目も、昔読んでた小学生向けの漫画のキャラに、ほんのちょっとだけど、雰囲気が、似てるっちゃ似てる気が……いいや全然しないわ。


 ここまで露骨な見た目のキャラ、知らない。


「本当に漫画から飛び出たキャラなのかよ。誰だよ作者、なんとかしろよ、このう〇こ」


「なにクソ可愛かわチャーミングなカピバラさんに喧嘩売っとんじゃワレェ!!」


「チャーミングのチャの字も無いわ!」


「ワレちゃう言うとるやろがワレェ!! ワレワレは宇宙人ってか、やかましーわボケェ!!」


「お前がやかましいんだよ! 静かにしろ!」


 しかも俺のことも自分のこともワレって言うから、どっちのワレなのかわかんねーよ! 二人称は別にしろ!


 うわ、アイツが怒鳴ったセリフ全部が、ギザギザの輪郭が付いた吹き出しになって、細い道に散乱している。読んでて楽しい気分にならないし、でも俺が拾ってそこのゴミ箱に捨ててゆくのも変な感じがする。


 あー! もう! 現実の俺、早く目ぇ覚めないかな! 誰かこの悪夢をなんとかしてくれよ!


 母ちゃーん! 今日だけ部屋に入っていいから俺を起こしてくれー!!


「なに泣いとん」


「泣いてねーわ!」


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