第3話   どこが不自然?

 さっきまで無人になっていた大都会の駅前が、何事もなかったかのように、いつもの雑多な日常風景に戻ってる……。


 ハッハッハ、だよな〜。

 やっぱ夢だわ、これ。


 だってそうじゃなきゃ、人の眼球が飛び出したり、大都会の一帯が無人になったり、すぐに元に戻ったりするもんか!


「だああ!! 重いねんお前!! ちったぁおのれで歩かんかいな! 寝ぼけとんのかワレェ!」


「行きたくないから踏ん張ってるんだよ!!」


 自称カピバラに腕を掴まれ、引きずられるようにして、というより俺が踏ん張ってたせいで靴底がゾリゾリと削られてゆきながら、俺は建物と建物の間のほそーい道へと連れてこられた。


 青いポリバケツが並んでて、お店の裏側てきな場所なんだとわかる。


「な、なんだよ、こんな所に連れてきて」


 ようやく俺の腕を解放したカピバラは、ながーく伸ばした腕をひゅるるるるという擬音付きで縮小した。


「こっからよー見てみい」


 短い四つ足のうちの左手で、どこかをゆびさした。でも、指先が丸々しすぎて、どこをし示しているのか、よくわからない。


「見るって、どこをだよ」


「ほれ! あのバーガー屋の、自分の可愛さ通行人にアピれるビチグソ席や!」


「どこのこと言ってんだよ。そんな悪く言われる席、どこだか知らねーよ」


 ここまでボロカス言われる席なんてあったか? あの店は、俺もよく学校帰りにポテト買いに寄ってくけど……あ、アンリがいる。


 店内がよく見えるガラス張りの向こうで、アンリが、同じクラスの女友達とポテトを食べながら、少し赤らんだ困り顔で、なにかしゃべっている。


 店の前にも、ちゃんと人が歩いてて、少し先でしゃべるう〇こ事件で無人になった駅前のことは、アンリは気づいていないみたいだった。って、気づいてたら、こんなところでのんきにメシなんか食ってないか。


「わいはこっちの漫画の世界に来てから、かなり経つんや。あんちゃんらのことずーーーーっと前から尾行しとったけど、お前らよぉこんなけったいな世界でやっとれるなあ。尊敬すんで逆にぃ」


「ええ、尾行って……」


 俺とアンリが? ずっとこのう〇こに付け狙われていたって? う、寒気が。


 さっき、こっちの漫画の世界がどうとか言われたような気がするけど、夢と漫画の世界観がごっちゃにでもなってるのか? 高校生にもなって、ガキみたいな設定の夢を見るなんて、俺も疲れてんのかな。


「たとえばや、見てみぃ! あのフリルたっぷりのボリューミィでラブリーなミニスカを! あんなん着てセンコーに目ぇ付けられんJKおるかぁ!? 進学校やぞ!」


「え? えっと……」


「おまけに、なんなんあのエアリーなゆるふわヘアーは! なんであいつ毎日髪型キマッとん! 日によって寝癖とか、前髪ヘナヘナな日あるやろが!」


「ヘアアレンジとかは、雑誌とか読んでがんばってるらしいけど」


「あー、ま、たしかに先月は、お団子ヘアでうなじさらして、男ども悩殺しとったな。なにうなじごときで悩殺されとんねん! ここの男子は日本社会をどっしり背負っていけんのか!? ハニトラにどぶりんで人生真っ暗やんけ!」


「アンリをハニトラ予備軍みたいに言うな!」


「ついでにヒロイン、アンコちゃんやったっけか、キャラぶれしなさ過ぎひん!? ハートの不安定な思春期ガールにしては、皆に平等すぎて八方大女優やんけ!」


「で、でも、ヒデにだけは、けっこう怒ってるよ。あとアンコじゃなくてアンリな!」


 激しい言い合いに発展しかけたところで、う〇こがへなへな〜とお尻をアスファルトにくっつけて座り込んだ。


「はぁ~、お前、庇うなぁ~。あんなビチグソ女のどこがええのん」


「俺の友達を悪く言うなよ! さっきからビチビチ言ってるけど、あいつが男と遊んでるなんて聞いたことねーよ」


 う〇こが、だらーんと後ろに倒れて、頭頂部を地面にくっつけてニタニタしている。くっそ、腹立つ絵面……。


なあ……ほんまは両想いでイチャコラしたいんやろ?」


 ひゅるるるる、という擬音付きで元の体勢に戻りながら、そいつがニヤリと口角を広げた。

 ぶっちゃけ、図星を突かれたことよりも、う〇この白目が弧を描くというキショイ表情にゾッとした。


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