第57話 ょぅι゛ょと裏庭のガンジャ

想いを紡いだ言葉まで影を背負わす物言わぬ貝…………いやゲーミング色でギランギラン輝いている地下洞窟の片隅で、謎の小柄な幼女は貝のように口をつぐんでいた。


 カチャーはアリスとその兄貴分のエスカランティス……まあアリスは彼をアニキと認めていないが……店で提供する食材に転生者の間で流行っている白いブツを入れることで店を繁盛させようとしていた。


 で。

 その白い粉いやブツを扱っているヤクの売人が隠れているのがこのダンジョンの奥だった。ここまでバットを持ってあからさまに汚いヒップホップスラングを口走ってぶん殴ってくるモンスターと出会うこともなく、旅というか冒険というかは順調ではあった。


 が、カチャーがアテにしていたヤクの売人は偽物をカチャーに掴ませようとした。

 以上がここまでのおさらいである。作者もびっくりの謎展開であった。



「うーん、だいたいじょーきょーはわかった」

 アリスは目を棒みたいに細めながら頷いた。

 ジョルジュは最初から状況が分かっていないだろうし、ラマーは曲芸師のように岩肌剥き出しの天井に張り付いたまま動かない。当然というか、カメラマンだから。

 地面に座り込みジャケットで後ろ手に封じられている幼女は、地面を睨みながら話さなかった。

 そこで柄の悪い幼女、カチャーがハナシをつけるべく幼女の前にしゃがみ込む。


「さあ本物の粉はどこにある」

「チッ、変な言いがかりつけんじゃねえよ。言われたモンは用意してるじゃねえか」

「コイツのどこがうちらが頼んだブツなんだ? あ? オマエのアタマん中はチーズが詰まってるのか?」

「あ、あれはアタシだって知らなかったんだよ! ウチは運び屋から渡されたのをアンタに引き渡しただけだ!」

「へー。どうやらお仕置きが必要みたいだなあ? なあアリス、こいつをどうする?」


「ん? ああ、そうだな」

 アリスはよくわからないまま近くに置いてある高圧電源装置のケーブルを手に持った。


「……いやそれはまずい」

「じゃあこっちで」

 近くに切れ味の悪そうなナイフがあったので、アリスはそっちに持ち替えた。

「!?」

「!?」

「!?」

「!?」

 特に何も考えていなかったアリスは、特に意味もなく目の前にあった物を見てそれを手に取ったのだった。

 ただし周りの人間……いや幼女たちがそこまで何も考えていないのかはさておき。


「こいつをな。こいつを……」

「ど、どうするんだよ」

 世紀のスプラッタ(血しぶきと残虐)の瞬間を見るような目でカチャーとジョルジュがアリスのナイフを見守り、その瞬間が来るのを、よくある「さーどぱーそんしゅーてぃんぐげえむ」のカメラマンのように天井に張り付き今か今かと待ち侘びているラマー。


 怯えた様子の地べたの幼女もいるし彼女らの期待の応えるべくアリスは切れないナイフをしゅしゅしゅっくるくるくるっと手先で回転させた……!


謎の幼女も目を伏せて覚悟を決める……ッ!




 ……が、アリスは特に何かいい感じの展開を思いつけなかった!!


「ウチら何しにきたんだっけ?」

「白いコナ」

「違う! なんか、転生者に食わせたら毎日食いたくなるようなのがここで取れるってハナシだったろ?」

 アリスが至極当然のことを言い出したので、鼻筋の白いハクビシン耳のカチャー(忘れられても困るので、この子はハクビシン耳のケモ耳幼女である。ちび。特技は深センの動物食肉売り場経由で謎の感染症を世界中にばら撒くこと、某風俗街の電線ケーブルを綱渡りすること)は鼻下を指でコスコス擦りながら答えた。


「だからよ。最近転生者どもの間で流行ってるヤクを入れればいいって」

「オマエ余計なことしてサツに捕まりたいのか? オマエん頭の中はヤク中か? オマエいつからそんなの汚れちまったんだよカチャー、わたしたちをサツ共に売る前までパンティの黄ばみも知らないくらい純真だったじゃねえかよ」


「おまえは逆に言葉が汚いんだよアリス。じゃあ何か、転生者のクズどもにフランス料理のフルコースでも食わせて満足してもらって、奴らの靴をペロペロ舐めながら生きていく人生の方がいいって言うのかよ」


「あ゛? よく考えてからもの言えよこの野郎! テメエがウチらのカネをガメて全部一人で使い込ん…‥いやよく考えたらおまえが一番転生者に媚び売って生きてんじゃん。場末のスラムで賃貸経営とかさ」

「ん」

 アリスとカチャー双方共に、特に考えのないまま睨み合っていたがどちらともなくハアと息をついて肩を落とす。

「まあ、いまさらあん時のことをほじくり返しても仕方がないな。わたしたちの友情はカネじゃ買えねえ。100ドルだろうが1000ドルだろうがウチらの仲は切れないってことだな。そういうことだ」

「あの時の金の価値と今の価値は同じじゃないってだけだ。あの時にオマエがびびって盗み出す金を少なくしてなけりゃ、話はもっとややこしくなってただろうなあアリス?」

「さすがメンバーの中でもインテリジェンスなカチャーは言うことが違うなあ。次ネコババしたら地獄の底まで追いかけてやるから覚悟しとけよ」


 アリスとカチャーがガチの睨み合いをしているとき、二人の間で震えていた謎幼女がふと、カチャーとアリスの名前を聞いて目を上げた。

「えっあねき?」

「……あ?」

「もしかしてカチャーのあねきですか?」


 謎の幼女は顔面をぱあっと明るく……洞窟中がゲーミング七色で眩しすぎて何も見えないので幼女の顔は明るすぎて見えないのだが……カチャーたちの顔を見た。

「カチャーさんですよね!? 前の銀行強盗のときに一緒にいた!」

「お、おまえ、もしかしてデイメアマア?」


 自分の名前を呼ばれて完全に何かを確信した様子で白いコナ売買仲介人の謎幼女は、いやもう謎の幼女ではないチビで色黒でよれよれのTシャツと短パンを着ているだけの男の子なのか女の子なのかぱっと見わからない感じの黒髪エルフ耳の幼女は、ぱあっと顔を明るくした。


 ただし2000越えのゲーミングルーメン色のせいで誰もその顔は見えていない!


 と言うことで、当時の銀行強盗時代の頃の記憶を確かめるために、アリスは自分がかけているサングラスを取ってデイメアマアらしき幼女の顔を見てみることにした。

 サングラスをほんの少しだけ下げてその隙間からマアの顔を覗くも……

「……まぶしっ」

 ゲーミングの光のせいで何も見えないのであった。

「ちょ、ちょっと待つっす。今PC止めるんで」

「眩しすぎて何も見えないぞ」

 カチャーがサングラスの向こうで眉をひそめていると、デイメアマアは自分の家の中にあるゲーミングタワー型デスクトップパソコンの電源を慌てて切った。



 ということで、洞窟内には本来の暗さが戻りアリスたちは再びレイバンのサングラスを外すこととなった。

 ただ暗すぎるのもアレなので、大きめのゲーミングキーボードを焚き火のように組んで、一同の集まる真ん中に置いて電源をつけるのだった。


 ほのかにゲーミング色に輝く何個かのキーボードを焚き火のように中心に組んで地面に置くと、キーボードの光を受けて虹色に輝くデイメアマアが改めて自己紹介を始める。

「デイメアマアだ。マアが名前だ」

「あのさあちょっと気になってるんだけど」

 虹色キーボードに照らされながら、サングラスを取ってアリスが言う。

「前に会ったことある?」

「……かもしれない」

「銀行の中」

「ああーなんか思い出したぞ。ええーと……1000年ぶり?」

「そんな経ってねえよ」

 ネコ耳族のアリスは、ネコ耳をピクピクさせながら言った。

「おまえここで何してるんだ、わたしらの白いブツはどこにあるんだ」

「何って、ここはうちの家だし。アイス(隠語)ならうちは扱ってないよ。うちはハッパ(隠語)だけだから」

「おいカチャー! なんか全然ハナシが違うぞっ! わたしが欲しいのはりょーりの方に入れる奴なんだけどな!」


 アリスの抗議に対して、同じくAmazonレビュー星5の怪レい低价高品质高性能サングラスを外したカチャーがちらっと目を向けた。

「なんだよ。ガンジャ(隠語)でハイになる究極のヤサイ(隠語)が欲しかったんじゃないのか?」

「オメー今までナニ聞いてたんだよっ」

「何って……一度食べたら何度も食べたくなる中毒性のあるブツ」

「いやそうだけど、そうじゃない逮捕されない方のっ!!!」

「地虫とかイモムシの方がよかったか?」

「それはもうイヤっ」

 アリスはたはぁーと息をついた。

「合法の食材で、食べられるもので安全なもの。それでもってみんなが何度も食べに来るような……」

「みんなが食べてシアワセになってハイになる奴ぅー? んなもんどこにでもあるモンで充分じゃねえか」


 そういうとカチャーは突然マアの家の台所に入って行って、調味料台の扉を開けて中から一振りの小瓶を取り出した。

 アリスは「それ」を見たのは初めてだったが、確かに「それ」は白い粉状の物ではあった。


「なんだこれ。食べられるのか?」

「どんなゲロマズ料理だって、これをかけたら飛び切りのブッチギリのサイコーのハイになれる魔法の薬ってもんよ」

「ああ、それウチの裏庭に生えてる奴なんスよ、いっぱい」

 妙な倒置法でマアが言葉をつけたし、アリスは半信半疑で……あの甲虫イモムシゲロマズクソジャム料理を本人やアニキが一応食べてうまいうまい言ってるんだからそれなりに効果があるんだろうと思って、試しに指先に粉を一振りして舐めてみた。

 するとどう言うことだろう。

 口いっぱいに甘いと言うか、あまじょっぱいと言うか、深みとコクと旨味がありすぎる衝撃が広がっていって……旨味を旨味としか表現ができないので困るのだが、とにかくアリスは自分の口の中でよだれが止まらなくなってしまった。

 たったの一振りで、である。

 これはすごい調味料だ。

「お、おい! これどこにあるんだ」

「いやだから、ウチの裏庭に……」

「これちょっと貰ってくぞ。あとついでに色々借りてくからな」

「え、まああたしはいいけど。料理しないし」

 そう言ってデイメアマアは、台所を漁るアリスをじっと見守るのであった。

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