第51話 ょぅι゛ょと気合い

 ラマーのロープを楔を使って地面に固定し、アリスたちはジョルジュがいるであろう洞窟の奥へラペリングの要領で降りていった。


 ラペリングとか、軍人がロープを使って降下する方法である。

 しかしネコ耳族のアリスは、どちらかと言うとネコがカーテンに爪を立てながら降りるような感じで、ハクビシン族のカチャーは普通に塩ビパイプの排水管を降っていくハクビシンのように、最後の無口曲芸アライグマ属のラマーは、片手にカメラを持ったまま雑技団のパイプ曲芸のようにスルスルとロープを降っていく。


 下段に着くと、あたりは真っ暗だ。

 アリスがポケットからライターを取り出して火をつけると、かろうじてではあったが洞窟の壁が見えた。

 アリス、カチャー、ラマーがゆっくりと前進すると、いつの間にか三人に踏みつけられていたジョルジュが立ち上がって小走りで全員の先頭に立つ。


「これは奥深いっ。カメラの前のみなさん、これどう思いますか」

 ジョルジュがラマーんーカメラに向かって演技っぽく語りかける。


「湿っぽいなー」

 アリスが言うと、カチャーが何か見つけたようで壁際にかがみ込んだ。

「食材発見」

「お? もうなんか見つけたのか?」

「これ」

 カチャーが何かをつまみ上げてアリスに見せた。

 それはベンジョコオロギであった。

「げっ!!! よく平気で持てるなあ」

「最初は嫌だったけど、うちにいっぱいいるし、もう慣れた」

 無表情というか、幾多の貧困生活を乗り越えてきたらしいカチャーが逞しそうな顔つきで答える。


 だがそれ以外のメンバーにとって、六本足でよちよち歩こうとする寸胴の脚長バッタみたいなブサイクなコオロギは、ただのゲテモノにしか見えなかった。

「これを……食うのか?」

「本当に困ったときね。すり潰して団子にする」

「おまえ……本当に、カネがないんだな」

「家すらない他の奴らよりはマシだよ。今より少しでもいい生活がしたいなら、切り詰められるところは切り詰めるよな。今はもうコイツを食わなくても生きていけるけど」

「カチャー……」


 アリスは、今まで自分たちの金を盗んだカチャーをただの悪人だと思っていた。

 だがこの世界はそんなに生ぬるくなくて、アリスたちが死ぬ思いをしてまで手に入れたカネがあっても、普通に生きていくことすら難しい世界なんだと思い知った。


「カチャー、その、すま……」

 言いかけて、謎の熱い視線がすぐ隣から差し込まれているのに気がついた。

 視線の元は、ジョルジュであった。


 ついでに言うとジョルジュが見ているものはカチャーの持っている謎のベンジョコオロギであって、その手元とジョルジュをカメラで録画しているのはラマーである。

「……食べるの?」

「いやムリするなよ?」

「いやいやはっはっはーまさかまさかー、こーんな虫を食べるなんてカチャーさんも冗談言いますねえー」


 明らかに口調がおかしくなっている……と言うか声のトーンが他人向けになっているジョルジュが、引きつった笑い顔でカチャーのそれを受け取るとちらっちらっとカメラの方を見て何か考え出した。


「……食べるの?」

「いややめとけよ?」


 冷静なアドバイスをするのはカチャーであった。

 そもそもカチャーは、生でそのまま食べるとは言っていない。

 アリスも正直うげえと思ったが、よくよく考えたら今回の洞窟探検企画を使ってジョルジュの動画作りを手伝ってやろうと思ったのは自分だったのだ。


 やめたほうがいいと思ったが、アリスはジョルジュを止められなかった。


「うぐっ」

「やめとけ腹壊すぞ」


 その通りだ、とアリスは思った。

 と同時にこの女に謎の甲虫の唐揚げを食わされたのを思い出して何も言えなかった。

 ただし。口を突いて出てきた言葉があった。


「再生数……」

「!!!」

 アリスの言葉に、明らかにジョルジュの顔が動揺していた。

 ジョルジュの驚愕の顔にピッタリ張り付く凄腕カメラマン…………のような、ラマー。


「こ、これ食べたらいいん?」

「ちなみにちょっと苦いだけで毒はなかったぞ」

「そーゆーいらん事前情報はいらないよーーー」


 ジョルジュは心底がっかりした様子で肩を落とした。

「具体的には、どーやって食べたの?」

「ん。クッキーに混ぜて焼いて食べた。足とか触手が全部ポロポロになって粉みたいになるんだ」

 カチャーの前衛的なアドバイスを聞いて、ジョルジュは顔を青くしていた。



「さすがにナマは無いよね?」

「おまえらって、故郷ではいつも何食べてるんだ?」

「……なまごみ」

「じゃあ大丈夫だろ」

 カチャーに言われて、ジョルジュはあからさまにキツネ耳を横へだらけさせた。



 ちなみにアリスはここまでジョルジュを焚き付けていない。

 いや再生数云々は確かに言ったが、カチャーほど悪食のススメを他人に言ったことはなかった。


 半泣きのジョルジュが目だけでアリスに助けを求め、アリスは気まずそうに視線を脇へ逸らした。

 その様子がまたカメラ的には良かったのかもしれないが、ラマーがジョルジュの顔をドアップで映す。


 意を決したように、ジョルジュはベンジョコオロギ的なその虫の、足先だけを、目をつぶってかじった。




 で。

 何を思ったのか勢いよく本体の方にもかじりついた。


「んぉぉぉぉぉおおおえええあああああぁぁぁぁーッ!!!!!!」


 ジョルジュは勢いよく岩に向かって突っ伏したかと思うと


「ンォーアオッ!! ウェッウェッ!! ウェぇぁぁぁああーーーwwwwww」

 文字にできない奇声を上げながら激しく嗚咽した。



 改めて見るとヤバい場面としか思えないのだが、しばらくして落ち着いたのか、ジョルジュは肩で息をしながら腕で口元を拭って振り返った。


「……ヨイコハ、マネシチャ、ダメ」

「そんなに言うほどまずいかぁ?」

 悪食のカチャーが不思議そうな顔で虫をつまみ上げる。

「生で食べるダメ……!!」

「ああ。じゃあ家帰ったらいい感じのクッキー作ってやるよ。不味くはないぞ」

「クッ、これで再生数が伸びるなら……」


 恨めしそうにジョルジュがカチャーを見るのをみて、アリスは二度と余計なことは言うまいと心に決めた。


 まあなんだ。

 自分たちの目的は洞窟探検なのである。

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