第43話 ょぅι゛ょと幼女

 三人の幼女がやってきたのは、街の中心地から大通りを超えた先にある巨大な中華街。

 かつてニュータウンとして計画され、区画の外れには中小型機専用の滑走路、観光客用の商業街、そこで働く従業員用の住宅街が区画ごとにまとめられた場所だった。


 だが、この町も今ではゴミと死体が溢れており、観光客はおらず、廃墟化した店舗や無人かつ無個性な集合住宅地には、どこからやってきたのか多くの…………おおくの、チュウカっぽい感じの人々が住み着いて独自の世界を築いていた。


「あいっかわらずごちゃごちゃしてるねえ。うちらのスラムとどっこいどっこいだな」

「まだうちらの町の方がマシだと思うけどな」


 カチャーの言葉にアリスは風船ガムを噛み続けながら答えた。


「まあーな。そのかわりこっちだと何でも揃える。ここの町には、無いものは無いってウワサだぞ」

「どうだか」

 アリスはプゥーっと風船ガムを膨らませた。



 新聞紙にくるまった大人や生臭いゴミの山が堆積する大通りを数ブロックほど歩くと、先を行くカチャーがわき道を指した。

「ここからが本物のちゃいなタウンだ。気合い入れてけよ」

 それからカチャーは振り返って、ジョルジュを睨みつけた。

「あとおまえ、カメラは止めろ」

「だーいじょうぶだってー、隠しカメラだし⭐︎」

「いやモロバレなんだって、カメラがデカすぎるんだよ」

 体の小さなジョルジュがむりくり隠しカメラを胸元にセットしているので、その部分だけカメラの重さで服が異様に下がっているのだった。


「こっから先は用心して進め。うちらは獣人だからまだなんとかなるけど、よそものは誰も受け付けてない」

「へえ。アンタの知り合いってのはいろんな奴がいるんだな。もしかしてそこで寝てるのも、おまえの知り合いか?」

「あれは死体だろ」


 カチャーは路肩のこんもりとしたゴミの山を見て、眉間に皺をよせた。

「誰だって、何もしなけりゃ最後はああなるんだ。なりたかないだろ、あんな風にはよ」



 で。

 表通りから数メートルほど進んだ先に、飲食店があった。

 らーめん? 屋とかいうちゅうか? 料理を出してる店らしい。

 店とは言っても屋根のある建物の軒先に屋根のないテーブル台と飲食スペース用の机とイスを乱暴に出して店員のおばはんがクッチャクッチャと音を出して何かを咀嚼している。


「きたねえ」

 アリスが反射的に言うと、カチャーがじろりとアリスを睨んだ。

「思っても言うな」

「飯を売ってるか売ってないか以外は、うちのアイツの店といいとこ勝負だ」

 店番の老婆はアリスの言葉がわからないようだった。


 よく見たらおばあちゃんの頭にも獣人の耳が生えていた。ウマ族だろうか。

「……この歳まで働いてるとか、すごいじゃん」

 アリスは前言を撤回した。


 アリスの手のひら返しを聞かなかった様子で、カチャーはなにげなく置いてあった昇降台の上に乗り老婆の前に身を乗り出した。

「要三个这个」

「还需要什么吗?」

 カチャーはテーブルの上に載っているせいろをコツコツと指先で突いて、次いで指三本を立てて老婆の目の前に示した。


 それから財布を取り出しコインを数枚出す。

 老婆は疲れた顔でコインを受け取った。

 当然、釣りはない。


「一人一つ持ってっていいよ」

「おう、ありがとな。で、目的の奴は?」

「あいつ」

「おまえの親戚がハナシつけてくれたんじゃないの?」

「自分がどんだけすばやく動けるか、アピールしたいんだとさ」

 

 客が座る机と机の間を、えらいキビキビと動いているアリスたちと同じくらいの歳格好の獣人がいた。

 背格好どころか、たぶん年齢的にもほとんどアリスたちとほぼ同年代だ。

 つまり、ケモ耳の幼女だ。部族を示す耳の形はよくわからない。


「ガキじゃねえか」

「鏡を見てモノ言えよ。オマエだってガキじゃないか」

「体力なさそうだ」



 言うな否や、店員の幼女は五段せいろを片手で持ち上げると勢いよく客席に投げ出した。

 店番の老婆はもごもごと口を動かすだけで、無反応だった。

 どうやら老婆は目も見えていないらしい。


「……体力はあるようだなあ」

 カチャーは肩をすくませ、なぜか上の方を見た。

「いやーわからないぞ。実は怒りっぽいとか」




 言うな否や、獣人の幼女は客の中でも特に凶悪そうなスラム住人のところに行って、漢字混じりの謎の言葉で接客を始めた。

 客の方は、最初こそ多少は優しそうだったがだんだん調子に乗り出して、横柄、次に暴力的、その姿勢は徐々にエスカレートしていった最後は恐喝のような語調で獣人の幼女を言葉で襲った。


 店員のケモ耳幼女はあくまでも接客スマイルでスラム街住人に接し続けた。

 クールとか優しさを通り越して、異様さすら感じられる。




「優しさだけじゃダメだな、やるときはガッツリヤレる奴じゃないと」

 アリスはカチャーに買ってもらった饅頭を口に頬張った。





「啊?」

 ケモ耳幼女はスラム街住人を、アッパーカットでぶん殴って黙らせた。



「パラミタに住む獣亜人の幼女とあれば、上に仁義を通し下を思いやり祖国繁栄のために命を賭すくらいの意気込みが……」

「もういいだろ! もーおーいいだろッ!」

 ちゅうごく料理のもちもちふわふわ小麦饅頭を持っていきりたつアリスの腕を引っ張り落ち着かせるカチャー。

 その隣では、ジョルジュはパシャリとスマホのカメラで饅頭の写真を撮っていた。


「インスタ映え!!! インスタ映え!!!」

 スマホ越しに饅頭を見つめるジョルジュの瞳はすでに常軌を逸していた。


 店員の獣人がちらりとアリスを見てきたので、アリスは我に帰りどうっとイスに腰を下ろした。

 こほんと小さく咳をして、じろりと相手を値踏みするように上から下へ、相手の体躯をゆっくりと見ていく。

「なあ。あんた裏の世界の仕事ってのは、したことあるのか」


 アリスの質問に獣人の幼女は答えずせっせと机の上のゴミや食べ残しを片付けていく。その中にナイフが一本紛れていたらしく、幼女はそれを一つ指でつまむとまじまじとそれを見つめた。

 次いで何事もなかったかのように机を片付けていくが、その様子をじっと見ていたアリスの方が何やら違和感を感じた。


 頬のあたりが、ヒリヒリと痛むのだ。


 指で触ってみると、血が出ていた。

 それから後ろを向いてみると、先ほど獣人の幼女が持っていたはずの卓上ナイフが壁に刺さっている。

「……へえ。やるじゃん」

 アリスは自分の指についた血を舐めとると、ぽいっとちゅうか饅頭を投げ捨てた。


「面接終了?」

 カチャーが饅頭を食べながらアリスを見る。

「ああ、イキのいい奴を見つけてくれたな。けどもう一つ知りたいんだが、アイツ、カメラとかは使えるのか?」


 アリスの言葉が唐突すぎてカチャーが止まったが、ケモ耳の獣人の幼女の方も何やら考え込んでぴたりと動きを止める。

 しばし何か考えたあと、幼女はどこかのメディアでも襲撃するんじゃないかという形相でどこかへ行きそうになったので慌ててカチャーが止めに入った。


「も、もういいだろアリス! もういい! もういい!! 合格ッ!!!」

「もう少し試してみたかったけどなあー」

「オマエに任せてたら世界を滅ぼすまでお試しでやっちまいそうだぜ」


「…………。」

 ちゅうか風の獣人幼女はアリスの言葉に疑心暗鬼のような表情を浮かべながら、じっとカチャーとアリスの方を見つめていた。


「うん、まあ合格だろアリス?」

「合格もなにも、イキのいい奴がいるらしいから見に来たってだけだ」

 アリスはふんぞり返って獣人の幼女を見下した。

 アリスのその姿勢に幼女の方はムッとした様子だったが、店番の老婆がちょいちょいと幼女を手招きしたのを見て、てこてことそちらの方に歩いていく。


 老婆の獣人はにこにことした顔で、店員の幼女を見つめた。

「オマエ、クビ」

「!!!???」

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