第39話 ょぅι゛ょとおむし
本日のご飯は、結論だけ言うと前回よりは良くなった。
アリスが『ぼうけんの森』でアブナイ橋を渡って手に入れたお宝を、エスカランティスが市場で交換してきたのだ。
なので、今日の食材には人間の食べるものが使われている。
アリス、カチャー、地下室の居候ジョルジュ達がワクワクしながらテーブルの上の皿を見守っていると、颯爽と現れたエスカランティスがドロッとしたものを鍋からすくって皿にうつした。
匂いはなかなか、濃い。
濃くて茶色で具沢山だが、何が入っているのか分からない。
「さあ、今日も食材を用意いてくれた人たちに感謝していただこう」
エスカランティスは無神論者だったので、転生前からの風習らしい両手を前で合わせる儀式をしてからスプーンを手に取った。
アリスも、無神論者である。唯物思考なので、目の前にあるものが世界の全てだと思っていた。
「なあ。これはいったい?」
「スープだ。よく煮てあるからおいしいぞ」
「ほんとかぁ?」
皿に盛られたスープは、何かを煮崩れるまで煮込んだ物体ではあった。スプーンですくうとゼラチンのようにプルプル弾力性があったが、ちぎれて皿に落ちるとすぐに元の液体のように平らになった。
「目玉があるぞ?」
「うちでは目玉も食べてたんだよ」
アリスが抗議の意志を込めてエスカランティスを見ると、エスカランティスは済ました顔をしながらスープをすすった。
ジョルジュもなんだか不安そうな目でスープを見ていたが、覚悟を決めたように目を閉じるとグッとスプーンを掴んで、一息でスープをすくって口の中に突っ込んだ。
もにゅもにゅゴクンと音がして、ジョルジュはしばらく黙った。
「……毛玉取り用の草かな☆」
「そんな高いものは入ってません」
「違ったかーッ☆」
「これがたべものォ?」
アリスとジョルジュが皿を前に抗議していると、それまで静かだったカチャーが皿の中に指を突っ込み小さくて真っ赤な舌で指先を舐め、ゴトっと大きな音を立てて椅子から飛び降りた。
てこてことカチャーが歩いていったのはキッチンの方である。
ガチャッバタンと音がして、カチャーが持ってきたのは昼間にカチャー自身が家から持ってきた謎生き物の素揚げと、なんらかのジャムだった。
「今こそこれを食べるとき。安心して、これ動物性タンパク質だから」
「そ、それは……」
「アリスたちがこれを食べられないのは、肉が入ってないからだよ。わたしたち亜獣人はニンゲンと違って、食べられるものがすこし違うんだよアニキ」
カチャーの説明にエスカランティスはそうなのかと小さく答えたが、何かが気になったらしくカチャーの方を見た。
「アニキ?」
「うちら亜獣人は、ここではあんまり自由がないのさ。転生者か転生者とパーティ組んでる奴らしか、ここではまともに生きていけない。夜中に町をうろついてたら、そっこーでサツに捕まる」
それ補導のことだろと、アリスは隣でスープを口に突っ込みながら思った。
まあ、嘘は言ってない。
幼女が夜中に町を歩いてたら交番に連れて行かれちゃうなと。
「うちらはこの町に詳しいけど、自由に歩き回るのは難しい。けどアニキはどう見てもニンゲンで転生者だから、町は歩けるけど見たところ町には詳しくない。だからさ、うちら三人とアニキで兄妹ってことにしない?」
「ぎ、偽装兄妹か?」
「偽装だなんて人聞きが悪いなぁ、ビジネスパートナーって言ってくれよアニキぃ」
「び、ビジネスかよ。あと俺は転生者かどうかも怪しいスキルなし人間だぞ?」
「いいんだよそれでも。ヒトはそこまで、他人の中身なんて見ていないものさ」
こいつずいぶん悟ってる幼女だなあ、とアリスは隣でスープを口に含みながら思った。
「まあ食べられなくはないけど……苦い」
「これ見つけるの苦労したんだ」
「見つけるのを苦労した???」
アリスは手に持っていたスプーンを落とした。
「このまえハサミを持ったエビ捕まえてきただろ、あそこの川辺に見覚えのある野草があったんだ」
「ははーん。つまりわたしたちに、そこらへんの雑草を食わせてるの?」
アリスは立ち上がった。
「いくら味はよくても、そこらへんの草なんか毎日食べさせられてたんじゃこっちの体がもたないわよ! なんなのこっちの白いおかゆみたいなの!!」
「麦だよ」
いきなり大きな声を出し始めたアリスに、エスカランテは少し怯えながら答えた。
「カラスムギ……みたいなの」
「雑草じゃないの!!」
「いや違うんだ! これはエンバイっていう食材の野生化したもので、調理が難しいだけで味はそこまで」
「わたしたちにこんなもの食べさせるのかって聞いてんのっ!! わたしがこの前市場で稼いできたお金はどこいったの!?」
「あれは、返してきたよ」
「はあ!?」
アリスは両手で机をダンっと叩いた。
「財布をなくして道端で途方に暮れてる人がいたから、もしかしてこれくらいのちっちゃな女の子と話したり触られたりしてませんかって聞いたら、したっていうから、ちょっと使っちゃったけど返しますねって言って返してきたよ」
「はああああああ!? ちょっとナニそれ! じゃあわたしが稼いできたオカネはッ!?」
「ない……かな」
「ああああああああ!?!?」
机の上をバンバンバン! と乱暴に叩いているアリスを見ながら、カチャーが謎の揚げ物をかじりながら冷静に見ていた。
「塩がほしいかな」
「塩ならキッチンに」
「ちょっと!!!!! わたしのオカネ!!!!!!」
「あ、意外とおいしい⭐︎」
「でしょ!? カラスムギはエンバイよりも手間がかかるし数もとれないんだけど、殻を剥いたら味は普通の麦と変わらないんだ」
「ちょっとエスカランティス!!! わたしの話聞いてる!?」
両脇からの茶々入れにブチギレたアリスが、エスカランティスの耳たぶをつまんでグイと引っ張った。
「わたしのお金!!! これからどうすんのよ!!」
「痛たたたた! そ、そんなこと言ったって無いものは無いんだから、仕方ないだろう!?」
「なんでもう無くなっちゃったの!!」
「だからもう返しちゃったからだって」
「なんでじゃーーー!!!」
アリスはエスカランティスの耳たぶを思いっきりつねると、上に引っ張って勢いよく耳たぶを弾いた。
幼女の手首が大の大人の耳たぶをつまんで大きくスナップする。
「いってェー!?」
「わたしが働いて稼いできたカネを返せッ!!!」
「まーまー落ち着けよアリス。これでも食え」
「むごっ!?」
顔を真っ赤にして半泣きのアリスに、カチャーが食べ物を突っ込む。
「お子ちゃまはおなかがすくとすーぐ不機嫌になるんだからー⭐︎」
「ムム、もごもご……っ」
突然口の中に何かを押し込まれアリスは困惑したが、すこし噛み砕いて味わうとエビのような味がした。
かたい殻に包まれたクリームのように濃厚な味。その殻が、噛めば噛むほど滲み出てくる素揚げの油がほどよい旨味を口いっぱいに広げてくれた。
「フン、まあいいわ。今回は許してあげる、けど次はもうないからね!」
バリバリと口の中のものを噛み砕いて飲み込む。
その様子を、野生の麦の粥を飲みながらジョルジュが黙って見ていた。
そしてエスカランティスは、ブルブル震えながら床の上からアリスを見上げている。
「わ、わかったよ。けどもう悪いことはしないでくれよ」
「ああ? わたしから盗みを取ったらじゃあ何があるんだよ。イカサマか、それともだれか脅すくらい? ケッ、わたしはそんなおやさしい心なんか持ってないってのっ!」
アリスは言いながらテーブルの上の揚げ物を手でつまんで口に入れた。
それは、噛むとバリバリと大きな音がした。
噛めば噛むほど味が出る。材料がいったい何なのかわからないが、ちょうど良い硬さだったので、それがアリスの中の咀嚼欲? のようなものを刺激する。
「わたしは生まれついての極悪人っ! このわたしから悪を抜くなんて、そんなのお兄ちゃんだってムリだったもんね!」
「悪いことって、具体的には?」
「前住んでたとこには池と川があったんだけど、そこに住んでるカワウソみたいな奴らの巣穴を全部掘り起こしたり土で埋めたりした」
「あー、あ? 悪いこと?」
「妖精のおしりに草の茎刺したりして遊んでた」
「それは、確かによくないことだな」
「川で誰かが仕掛けてた罠を全部開けて盗んだこともあったわ。あれがわたしの初仕事ねー」
「へー、あんたにもそんなかわいい時代があったんだー」
「むかしの話よ。そんなので満足してる時も、あったってだけ」
アリスはふっと笑うと、首を振った。
「でもわたしは、そんなんじゃあ終わらない。もっとビッグででかいヤマを当てるオンナになるのよ! でもって、ここはそのわたしの新しい拠点よ!」
「ジョルジュも新しい舞台に立ちたーいっ⭐︎」
「んー私はいいかなー」
カチャーは視線を横に逸らし、それをアリスがキッと睨みつける。
三人の幼女がそれぞれ自分の夢と将来をなんとなく語り合って、次第に三人の幼女と一人の青年の夕食も、なんとなく終わりに近づいた。
野草で作ったスープにぶーぶー文句を言っていたアリスだったが、皿に持っていた青菜もスープもぺろりとたいらげ、気がついたらカチャーの持ってきていたあの謎の揚げ物も全部食べ切っていた。
余は満足じゃー的な至福の顔で最後はリラックスしていたのだが、アリスは、やっぱりというか、あの謎の素揚げが気になっていた。
「なあカチャー」
「んー?」
「あれって、結局なんだったの?」
「美味しくなかったかー?」
最後の一個をパリパリ音を立てて噛み砕くカチャーが不思議そうな顔をした。
「いやうまかったけど、気になるじゃん。ジョルジュは最後まで食べなかったけど」
「んーまあ無理強いは良くないからな。あれはうちのばーちゃんが作ってくれた、コガネムシの揚げ物」
「!!!」
アリスは驚愕の目をカチャーに向ける。
なおアリスはネコ耳族系の亜獣人である。昆虫食は嫌いではないが、言われるとあまり食べたいとは思わない。
だがカチャーは、ハクビシン系の亜獣人であった。
ハクビシン系独特の、タヌキのように小さくて丸くて黒い耳がぴこぴこと動いていた。
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