第38話 ょぅι゛ょと強盗
気づけば時刻は夕方になっていた。
太陽の向きはだいぶ傾き、アリスたちの影を長く黒く地面に映し出している。
アリスたちはパラミタ飛行島の一角にある、大きな廃墟町にやってきていた。
ここは王国の都市拡張計画が失敗して半ば放棄されている、かつての旧商業地区だ。
王都中心部にそびえる背の高い高層ビル群がよく見える場所であり、放棄された廃ビルを少し登れば沈みゆく夕日も見える。
廃ビルの屋上階にアリスとカチャーたちは、とりあえずのアジトを作ることにした。
この新しい高層ビルがアリスたちのこれからの計画を練り準備する場所であり、出発地であり集合地でもあった。
自宅をアジトにするなんてのはあり得ない。足がつきやすいのは、逃げる時と逃げたあとだからだ。
さいわいこのビルに住んでいるのは、死体とネズミしかいなかった。
「もしかして、次のエモノはさっきのカジノだとか言わないよな?」
窓枠から覗く宮殿と繁華街の光を遠くに見ながら、カチャーがつぶやいた。
「新しいアジトをここにしたの、もしかしてあれを見せたかったのか?」
「ふふ、どうだろうねぇ」
アリスは埃をかぶったソファの表面を指でなぞり、フッと息を吹きかけて埃を飛ばす。
「そんなことよりもっといい夢みようぜ。私たちはこんなところでウダウダやってるようなタマじゃない。いつかはあそこに住んでる奴らを見下せる大者になってやるのさ。つまりあそこは将来の家なんだよ」
「わたしプール付きの家がいーなーっ⭐︎」
「バカ抜かすなよ、あたしたちが成り上がろうったって、金もないツテもないのにどうやって大物になってこうって言うんだよ」
カチャーは壊れた窓枠にスニーカーを履いた足をかけ、気だるそうに遠く宮殿の街を見た。
白を基調としたスニーカーに、白い肌、幼女らしく細い脚、ジーンズ生地のパンツ。
緑のジャケットにピンクのシャツ。腰まで伸ばした長い黒髪はカチャーの特徴だ。
日に焼けていない幼女らしいすらっとした足が、沈みゆく夕日の光を淡く輝かせて見える。
「せいぜいなれたって、あたしみたいに転生者たちのおべっか使っておこぼれもらうのがやっとさ。それでもこのスラム街からちょっと宮殿側にあるところに家を作るのがやっとだ。
「あ? おまえどんだけ自分が狂った寝言言ったかか分かってるのか?」
「夢を見るのはいいさ。夢を語るのもヒトがこの世界を生きるためには必要なことだ。その夢と夢の間に少しでも現実を見ていけば、いや見なきゃならない。それが大人になるってことだぞ」
緑色のジャンパーを翻させ、ハクビシンの特徴的な円耳を頭から覗かせながらカチャーは諦め顔で言った。
黒髪のアリスが、カチャーの胸元を掴みあげる。
黒いジャケットに黒い長髪、黒い帽子、そこから覗くアリスの碧い目は、獲物を見つけた時に興奮して牙を剥いた野生のヤマネコそのものだ。
「おまえにはこの国を憂うって気持ちはないのか? この国の夢と希望はどこにいっちまったんだよ」
「転生者様が全部持ってるんじゃねえのか」
「二人ともやめなよー! せっかく久しぶりに再開したのに、ケンカなんかしてたら次いっしょに食べるごはんがおいしくなくなっちゃうよッ⭐︎」
「あ? 次一緒に食べるメシ?」
掴み合いに仲裁に入ってきたジョルジュを、アリスとカチャーは不思議そうな顔で同時に見た。
「そうそっ⭐︎ イライラしてるときはだいたいおなかがすいてる時だからっ⭐︎ ジョルジュはなーんでもわかってるんだからーっ」
ジョルジュMは金髪の長髪を垂らし顔を斜めに傾けると、片目にピースサインをして見せた。
……さっきメシ食べたばっかだと思ってたんだが。
「ぐぅ」
どこかで突然腹の鳴る音が聞こえ、アリスは自分の腹の部分で何かが動いたような気がした。
なんとなく、アリスは恥ずかしいと思った。
「くぅぅぅぅー」
次いで小さく可愛らしい音が廃墟ビルに響いた。
音の出どころは分からなかったが、なぜかカチャーが顔を真っ赤にして視線を横にそらす。
「ケッ、邪魔が入ったな。今のところはおあいこってことにしてやるっ」
ぐぅぅぅぅっ
「つ、強がりもほどほどにしとけよっ」
くぅぅぅっ
アリスがカチャーの胸ぐらを離すと、カチャーは力いっぱい(幼女なりの力)アリスの手を振り解きそっぽを向いた。
アリスも自分の手を振り払われたことでムッとしたし、場のノリもあったのでカチャーとは別の方を向いて腕をくんだ。
そうやって互いにそっぽを向き合っていたのだが、当然と言うか、ジョルジュの小さい手が二人の手をつかんでむりやり握手させる。
「ケンカしてもー、仲直りっ⭐︎ はいあくしゅあくしゅー」
「ふんっ!」
「悪いことしたらちゃんと謝ろうねー⭐︎」
ジョルジュの説得にアリスはいやーな顔をしたが、眉間に皺を寄せ心底嫌そうな顔をしつつ下から睨むようにしてカチャーの目を見た。
「ごめんなさい……」
「そんな変な顔しないのー⭐︎」
「うっっっ、服をつかんで、ごめんな、さい」
アリスは下唇をかんだ。
「うんうん⭐︎ じゃあー次はカチャーの番ッ⭐︎」
「ええー!? なんであたしが!?」
「汚い言葉使ってアリスを怒らせたでしょー?」
「う! うううー!?」
カチャーはものすごく嫌そうな顔をしたが、嫌々ながらもアリスに頭を下げる。
左右のケモ耳が完全に左右に垂れていた。
「わるくち言って、ごめんなさい……」
カチャーとアリスはしばらく手を繋いだまま黙りあっていたが、そのうちどちらからともなく手をブンブンブンと大きく縦に振って勢いよく手を離しあった。
「ハイ⭐︎ 二人とも仲直りー! じゃあ美味しいもの食べにいこう!」
「おいしーもの?」
アリスが怪訝そうな顔でジョルジュを向くと、金髪ジョルジュは大きくウィンクし親指を立てて見せた。
「もち⭐︎ オニイチャンの作ったおいしーいスープがあるよ⭐︎」
「おまえ、あいつはおまえのお兄ちゃんとかじゃないだろ?」
「おいしーもの作ってくれる人は誰でもオニイチャンね⭐︎ あ、カチャーはどうする?」
「え、あ、うちは別にそういうのは」
言ってカチャーはふいっと横を向いた。
「今日は別に。ハラとか、べつにすいてないし。あたしは家帰るわ」
「あー? 寄ってかないのか? 寄ってけよ、そしたらうちのアレもきっと喜ぶぞ」
頑なにエスカランティスのことを兄とは呼ばないアリスであった。
「あー、あれね。あーうん」
カチャーはぼりぼりと頭を掻き、なにか考え込むようにちょっと下を向いた。
「なあ。お前らって本当の兄妹とかじゃないんだろ? どういう関係なの?」
「ハア!? ホントの兄妹なんかじゃねーよ、アイツはただの使いっ走りだ」
「ふーんそうかー」
カチャーは細い目つきをさらに欲しくして、遠く何かを見つめるようにする。
長いまつげをゆっくり瞬きすると、誰ともなしに呟いた。
「うん、あたしと転生者が偽兄妹になると、後でいいことあるかもなあ」
「あん?」
アリスはなぜか、何かが心に引っかかったような気がした。
なぜかは知らないが、何か嫌な感じがした。
「今日はうちメシ抜きの日だし、付き合うよ」
「いや別に来なくてもいいんだぞッッ!?」
「なんだよ、あたしがあの転生者と仲良くなると何かだめなのかあ?」
にやあっと、カチャーが意地汚そうに笑った。
「べっ別にっ!! あんな男、ただの使い捨てのどうでもいいやつだし!」
「じゃあいいよなあ。よし、アリスんちに行こうぜ」
「オニイチャンのごはーん⭐︎」
背の低く黒上長髪のケモ耳カチャーと金髪ロリドルケモ耳ジョルジュが歩いていくと、置いてかれたアリスは、自分の心になにか焦りのようなものが頭を持ち上げてきたような気がした。
予想外の戸惑いと漠然とした不安のようなものが、ケモ耳の強盗幼女アリスをさらに戸惑わせた。
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