第37話 ょぅι゛ょと潜入


 ……さて。


 不穏な考えを抱く幼女たちご一行とはまったく別のことを、自分の店を構えて繁盛させることにひとり邁進しているエスカランテをよそに、当然のごとくアリスたちは特に考えもなく別の建物にやってきた。


 いや考えがゼロだったわけではない。

 賭博場は、ある種の喧騒があり多種多様なクズどもが集まってそれぞれがそれぞれ野望について互いに主張しあっているような場所だ。

 こんな世界の闇の中の底辺に、非力な幼女がたかが数人混ざり込んでこれからの強盗について相談しあったって目立つことはないだろう。



 と、アリスは思うのであった。


「いや待ていや待て」

「なんだよイマいいところなんだから!」

 ルーレットの回転ホイールをボールが転がり、アリスは考えに考え抜いた神妙な顔で、チップを「赤」の枠に全部置いた。


 なお賭け金は3ドル。

 こどものおこづかいとして、すごい大金である。出どころは、当然そこらへんのおっちゃんのポケットの中だ。


「ノーモアベット!」

 キツネ目の女ディーラーが客たちの顔を見ながら、ポーカーフェイスの如くにっこり微笑む。

 アリスはホイールを転がる球に全神経を集中した。


「黒の2です」

「むう」


 外した客たちのベットを女ディーラーが回収するため手を伸ばす。その瞬間、ディーラーの目線がアリスの掛けたナンバーの枠から逸れた。その瞬間をアリスは見逃さなかった。

 素早くかつ自然な流れで堂々と手を伸ばし、自分が賭けた数字の枠からコインを隣にうご……かそうとした瞬間となりのカチャーに腕を遮られる。


「あっ」

「やめろアリス、見られてる!」

「えー?」

 ベットしたコインをずらすタイミングを失って、アリスはぎこちない動きで頬杖をつくフリをしながら隣のカチャーを睨む。

 キツネ目の女ディーラーがポーカーフェイスの微笑みを崩さずこちらを向き、アリスの置いたハズレのコインをサッと回収していった。


「天井。あのカメラ」

「あー?」

「おまえはいつだって後先考えないで勢いだけでなんでもやるからな。そのうち捕まるぞ」


「フン、サツが怖くて強盗なんてやってられるかっ、あー興醒めしたっ。ところでジョルジュはどこにいるんだ?」

 アリスがイスから飛び降り、続いてカチャーも飛び降りてアリスの隣に立つ。

「あっちでうさぎのステージダンサーをガン見してるよ」

 見ればジョルジュはカジノの中央にある大きなステージの前に陣取って、目を充血させながらすごい形相でダンサーの踊る様子を注視していた。


「私たち、何でここにきたんだっけ?」

「次のヤマの話をしにきたんだろ?」

「おっそうだったな」

「しっかりしろよアリス、おまえがリーダーなんだろ」

「……決めた! ここを襲おう」

「冗談だろ? カジノはそんなノリだけで襲える場所じゃないぞ?」

「いつかメンバーが集まったら、だな。わたしたちも今のままじゃいないってことさ」

 アリスは帽子をかぶり直し、じろりと周囲を見た。


「世の中はカネだ。カネがなきゃ夢も理想も掴めない。世界ってのは、あるところからないところに流れるのが常識ってやつなんだ。けどここはそうじゃない、ないところからあるところへ流れていく。一方的に。永遠にな」

「まあまあ、そういう世界の真理に気づけたんならここに来た甲斐はあったよ。ふぅ、そうか。まあ、いつかここをやるっていう予定ができたのはいいことだ」

「けどメンバーが足りないな」

「足りないのはメンバーだけじゃない、武器も道具もスキルもだ。場合によっちゃ現金輸送車なんかは時間を決めて動いてる可能性もある、そうなると時間もないぞ」


 カチャーは黒い長髪を揺らして後ろを振り返り、天井を見たり周囲にいる客の様子やディーラー、店員、制服を着た警備員たちをチラと見た。

「それにブツだ。奪うったって現金をそのまま奪ったって、使えないんじゃ意味がない。いまさらカジノに旨味なんてないだろう?」

「カジノにうまみなんてないさ。あるのは転生者様の懐の中身。カチャー、この世界でカネを預けられる一番安全な場所はどこだと思う?」

「そりゃあ……銀行だろ? 貸金庫とか」

「いいや。悪党の、金庫の中だ。もちろん悪党とも仲良くしてる奴らだけだがな」

「へえ。そりゃあそうかもな」


 「ところであたしたちは何者? ジブンたちは何者だって思ってるの? おっと、カチャーちゃんは自分のことをシケた貧乏大家さんだって思ってるし、この質問はちょっと間がヌケてたかな」

「このヤロウ、アタシをからかってるのか?」

「おおそんなに怒るなよ、本当のことを言ってやっただけじゃないか。それともナニか、自分様はどこぞの大悪党の下っ端の使いっ走りで、銀行強盗の一つや二つは朝飯前の大強盗の後ろでコソコソ仲間を裏切る算段してて自分の取り分の計算間違ったトンマさんだとでも思ってるのか?」

「ハッ、いい年して反社会的な欲望にこだわってる奴よりよっぽど現実的な女だと思ってるね」

「ほう、女ね!! 立派なぼいんちゃんくっつけて、どっかの男の専用ナニコキ機になるのが現実的ね!」

「ナニが言いてえんだ」

「現実を見てみろ。富める者はさらに富み、貧する者は何もできないままどんどん貧じていく。わたしもおまえも、たいして違わないだろう。そんなチンケな現実なんかにしがみついて、この先じぶんたちの人生がもっと良くなってくと思ってるのか?」


 アリスはテーブルに積まれたチップの山を指した。

 現実離れした世界の一握りの金持ちどもが、浮世のできごとを忘れるため大金をムダに右往左往させている。

 すくなくとも、アリスにはこの賭博場がそのように見えていた。

 パイプとロープで柵が立てられ、その向こう側には金貨がうず高く積まれている。

 見せ金か、それともオーナーの趣味か。

 いったい何のつもりなのか。

 あの金貨一握りですらアリスがまっとうに働いても手に入れることができない大金。


 ねこみみ族の赤い瞳が、燃えるように鋭くテーブルの上の金貨たちを睨む。

 とつぜん、肩を後ろから叩かれてアリスはハッとした。


「失礼しますお客様。こちらは会員の方しか入れないところでして。会員証はお持ちですか?」

「かいいんしょー? おとーさんが持ってるとおもうっ!!」

 アリスは一瞬で幼女モードになった。


「お父様がお持ちでしたか。お父様はどちらに?」

「あっちあっち!」

 ウェイターの人の向こう側を指さして、アリスは大きな声を出した。

「おとうさーん!!!」


 釣られてウェイターが後ろ側を向き、タイミングを合わせてアリスはウェイターの股の下をくぐり抜けた。


「ほら、もう帰るぞ!」

 アリスが小走りにその場を離れると、ウェイターが戸惑ったような声を出すのが聞こえる。


 止まるようウェイターが叫ぶも、アリスは無視した。

 ちょっと離れたテーブルの上に登ってミニ写真撮影会を敢行していたジョルジュの首根っこをジャンプして掴むと、アリスは壁側の小さな段差を伝って天井のエアダクトへ身を飛び込ませる。

 後ろなんか振り向かなかったが、当然のようにヴ・カチャーはアリスのすぐ後ろにピッタリと着いてきていた。


「そういう目で見るのヤメロ! アタシはもうあんなことするのから足を洗ったんだ!」

 カチャーは怒ったような顔をした。

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