第34話 ょぅι゛ょと盗撮
さて、ここはエスカランティスの店。
部屋の半分ほどにデカデカと廃材やゴミが散乱していて人が入ったらほぼ終わりだったような廃屋が、徐々に普通にちゃんと人が住んでいけそうな空間が二階部分にできてきた場所。
なお二階が住居用で、一階は大きな広間がある。カウンター式のホール、でもまだカウンターはない。板張りの大きい広間とでも言おうか。
「意外と何とかなるものだな」
焼け跡の時は何からどうすればいいのかわからなかったが、オウド……いや、今は名前を忘れてしまった人間エスカランティスは地道にゴミを片付け、床を磨きまくりこの居住地を確保した。
なお、あの例の猫耳女の子のアリスが誰かから強奪してきた転生者の大剣は掃除には使っていない。
……ちょっと床を削るときに剣先を床に当ててみただけだ。
見事に床に穴が空いたので、予定通り倉庫にしまっておくことにした。きっと持ち主の少年もどこかで泣いているのだろう。
「ただーまーっ!! おい下僕!」
「だーれがゲボクだっ、まったく。
「オキャクサマだぞ!」
「へぇ?」
いつも仏頂面で不機嫌そうな顔のアリス・テレッサが、非常に陽気そうな笑顔を帽子の下から覗かせて一人の女の子を連れてくる。
小柄な幼女はジャージに黒ジャケット、素足にサンダルを履いてペタペタと鳴らし一人の幼女の手を引っ張って連れてくる。
連れてこられた方は嫌々そうだったが、その幼女はエスカランティスがまだこの町で見たことのない新しい顔だった。
「え、あ、いらっしゃい! えーと、まだ料理は用意できてないんだけど、作れるものならなんでも作ってみようかな」
「ばかたれ、そのオキャクサマじゃなくて普通のお客さんだっ。わたしの命の恩人だぞ!」
「ほう、命の恩人か。そりゃあはりきって歓迎しなきゃ! ところでアリス、さっき家の床を掃除してたらたまたま床に穴が空いて、下から通路と部屋みたいなのが出てきたんだがちょっと見てくれないか?」
「ぎくっ!!」
エスカランティスはアリスを呼んだが、動揺したのはアリスが連れてきた方、エスカランティスが知らない幼女の方だった。
「どうしたんだい? ああ、そういえば君の名前を聞いてなかったね。名前はなんて言うんだい?」
エスカランティスはすけすけふわっふわの衣装みたいな服を着た小さな女の子の前でかがみ込み、子供をあやすように微笑む。
「な、名前。えーと、じ、ジョル……」
「うんうん」
「ジョル、ジュ……マリ……」
「ジョルジュちゃんって言うんだね。アリスのお友達になってくれてありがとうね。ところで変な地下室から同じ名前が書かれたカメラと衣装がいくつか出てきたんだけど」
エスカランティスは手元から、デカデカとカメラに白字で『ジョルジュのもの!』と書かれた盗撮カメラを出して見せた。
「ほう! それは不思議だな!」
エスカランティスの言葉にアリスが一際大きめの声で答えた。
「そういえば最近なにかなくなってたり、逆に増えてたりしていないのかエスカランティスお兄ちゃん!」
「ああそうだな! 冷蔵庫の食材が勝手に食べられてたり、買い出し用に貯めてた札がちょっと使われて小銭だらけになったりしてて困ってたんだ!」
「……ん」
ノリと勢いでなにか言ったらしいアリスが一瞬何か言い淀んだ空気をかもす。
エスカランティスも何か一瞬引っかかるものを感じたが、よくわからなかったので聞き流すことにした。
「エスカランティスおに……げふん。エスカランティスは、いつからこの家に住んでたのかな? そのときには、こんな地下室はあったかな?」
「そうだなあアリス、オレがここに住み始めたのはつい一ヶ月くらい前からだが、こんな地下室は見たこともないなあ!」
「んーそうかそうか!! で、ジョルジュちゃん。いつからここにいた?」
話が急展開し出してなにがなにやらだったが、流れに合わせていくうちになんとなく全体の流れがわかってきた気がした。
エスカランティスは、自然な流れでジョルジュマリを名乗りなぜか自撮り棒とカメラを魔法少女の杖のように持つ、ふわふわアイドルみたいな格好をしたちっちゃい女の子の方を振り向いた。
「いつから?」
「せ、せんしゅう、くらいから……」
「なんで地下室なんて作っちゃったのかなー? お兄さん怒らないから正直に話してくれる?」
「あうーっ⭐︎」
小さなきつね耳を後ろに伏せ頭を抱えて、ジョルジュマリは泣きそうな顔をしてその場でかがみ込んでしまう。
「だってだってー! こんなところでお兄さんがおもしろそうなことしてるからあー!! カメラでとってゆーちゅーぶで流してみたらおもしろいかなっておもってー!!」
「ゆーちゅーぶ???」
この世界にもインターナショナルなネットワーク回線を使って世界中の人々をつなげるインフラテクノロジーのことだ!
ゆーちゅーぶとは、某国を代表するちょうきょだいあいてぃーきぎょうの一つで、それらをまとめてGAFAと呼ぶこともある。
ゆーちゅーぶとは、すごいいんたーねっとさいとなのだ!
最近は特に売れない地下アイドルが独自チャンネルを開設していて、世の注目を集めることを夢見ながらこの世に対する恨言や私生活を垂れ流すチャンネルなどが流行っていたりする。
ジョルジュマリも、そんな夢を見ている地下アイドルの一人だった!
「でもチャンネル登録者数がぜんぜん増えなくてーっ!! カメラ新しいの買ったから貯金も無くなっちゃったし、住んでた家も追い出されて明日食べるのもなかったときにお兄さんがお店を作っててね」
「ほうほう」
「これだーっ⭐︎ ってひらめいたの! ザ・スラム街盗撮24時! これは売れる!!」
「なんでそうなるんだよッ!?」
ばんばん! とアリスが机を両手で叩いた。
エスカランティスは頭を抱えたが、ジョルジュも頭とけもみみを両手でおさえてうずくまった。
「怒らないって言ったじゃーん! アリスのうそつきーッ⭐︎」
「わたしは怒らないなんて言ってねーからな!! 貯金って、前に銀行ヤッたときのやつなのか!?」
「ケッ! あんなはしたガネ、やちんにもなんねーっ。インフレなめんなっ⭐︎」
「あああん!?」
「怒らないって言ったじゃーん!! お兄さんたすけてアリスがいじめるーっ⭐︎」
「こーら、アリスやめなさいっ。でもねジョルジュちゃん、人の家に勝手に地下室作っちゃうのは良くないなー。お父さんお母さんもきっと心配してるだろうし、いったんお家に帰ろう。ね?」
「ジョルジュ、帰るうちここだもんっ⭐︎」
「へえ?」
「ジョルジュ、お父さんお母さんいないもんッ⭐︎ 帰るうちもないもんッ⭐︎ ここ追い出されたらもう行くところどこにもないもん!! うわーーーん!!!!」
「ええー」
エスカランティスは一人の大人としてドン引きし、心配はしたがまず最初にこのほのぼのと殺伐した世界にドン引いた。
「ここに住ませてくださいッ! なんでもしますからあ!! でないとお兄さんに家に連れてこられて乱暴されて家から追い出されたってお巡りさんに言いつけてやるッ⭐︎」
「な!?」
「エスカランティス、こいつを家に泊めてやろう」
アリスが唐突に提案してきた。
「警察に通報されるのはまずい」
「そ、それはアリスの都合だろう!? それにオレは知らない女の子を家に泊めるなんて大胆なことはできないぞ!!」
「思いついたんだが、わたしたち全員で家族とか兄妹ってことにすればいい。転生者どもは知らんが、わたしたち獣人は住民登録もまだまだ甘いからな」
「家族ぅ……」
エスカランティスはチラとジョルジュの方を見た。
ジョルジュは拾われた子狐のようにきらきらと輝く瞳でじっとエスカランティスを見つめている。
「か、家族ぅ、ですか」
「お兄さん」
「ん?」
「エスカランティスお兄さん⭐︎」
「わたしはお前のことをお兄ちゃんだなんて思わないからな! いいか、これはあくまでも偽装家族だ! サツに怪しまれないためのな」
「か、勝手に話を決めるなーっ!」
かくして、喫茶店『アリスの隠れ家』は少しずつ拡張していくのだった。
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