第30話 ょぅι゛ょと犯罪
西の空は少しだけ日が暮れかけていたが、まだまだ時間は早く、風も涼しくていい気持ち。
天気は晴れ。パラミタ大陸は今日も絶好の冒険日和だった。
短い下草が草原中に生え、歩けば葉が揺れ茶色くて大きなバッタが飛んでゆく。
アリスは背が低いながらも下草の根と根の隙間を滑るように進んでいった。
上から見ると草原は一面が緑の大地だったが、下を覗き込むとわずかに道が見えた。アリスには、背の低さがここでは役に立った。
「まったく、暑いっ!! 暑いし虫は多いしイヤになるわっ!」
先日名前も知らない転生者から巻き上げたあのよくわからんでっかい剣でもあれば、こんな草原なんて一発でただの平原にできるだろと思ったが、あれはエスカランティスが没収して家の奥に隠されている。持ち主に返すまで触らせない、ということだった。
「道はこっちで合ってると思うけれど、こんなんじゃあいつまで経っても辿り着かないじゃない! ッのわあ!?」
アリスが足を踏み込むと足元から地面が消え、草の壁がカーテンのように左右に割れて途切れアリスは前のめりに倒れてでんぐり返しをした。
「きゃっ!!」
「いったたたた……ん、きゃあ?」
「だっだいじょうぶですかぁ?」
アリスに声をかけてきたのは、天使のようにかわいらしい……いや天使そのもののように愛らしい……いやいや。小柄な背格好に天然パーマのかかった赤いショートヘア、どことなく幼さを残した有翼人種の……ハーピィであった。
この世界では、ハーピィ種という。獣人がいるならハーピィ種もいる。
当然みなかわいいし、当然この世界にいる子はみんな幼女である。リアルな幻獣はこの世界にはいない。
ハーピィ種の幼女は羽をぱたぱたと羽ばたかせながらアリスに近付いてきた。
「うー、草がイタイ」
「どこか〜、ケガとかしてるんですか〜?」
ハーピィの幼女が空に浮きながら屈んできて、心配そうにアリスの顔を覗き込む。
「いや、大丈夫だ。けどあんた、どっから来たんだ? なんでここにいるの」
「わたしは〜、ぼうけんしゃなのですぅ〜。ここに〜、すてきなたからものがあるってききましたので〜、それをさがしにきました〜」
呑気そうな、ただの女の子だ。
「宝もの?」
「はい〜。ここはー、冒険者の森なのです〜」
ハーピィの女の子は言うとくるりと背を向けて、アリスの視線の向こう側に広がる大きな森を手で示した。
「あの森の奥に〜、ふしぎな泉と祠があって〜、そこにはとってもすてきなアイテムがあるんですって〜」
「そんなすてきなものが本当にあるなら、もうみんな取りに行ってるんじゃないの?」
「はい〜。でも、泉に行く道の途中で〜、つよいモンスターが通せんぼをしてるって〜、おはなしですよー?」
「つよい敵?」
ほほう。
この子、きっと一人でここまで来たのはいいけど、ちょっとこわくてここで立ち往生してたのね。
「なるほどねっ、あなたいっしょに森の奥までついてきてくれる人を待ってたってわけ」
「……!! はなしがはやいですぅ〜!」
ハーピィの幼女は両手を組んでアリスに頭を近づけた。
「でもその通りですぅ〜」
「仕方ないわねえ。いっしょに行ってあげるけど、お宝は山分けよ?」
「しかたないですう〜」
ハーピィは頬をぷぅと膨らませたが、すぐに満面の笑みになった。
「じゃあ、森の奥までよろしくですぅ〜」
よっぽど一人が不安だったらしい。
『そりゃあたしだって不安だったけど、こんな子でもいざとなったら囮に使えるだけマシだわね』
そうは思ったが、先をゆくるんるんのハーピィには決して本音は言わないアリスなのであった。
しばらく歩くと背の低い草木は少なくなり、木々は背を高くして本数も増していく。
道なりに進めばいいとハーピィが言うのでその後に続いていくと、ほどなく二人は小さな湖畔にたどり着いた。
「ここがふしぎの泉ですぅ〜」
「けっこうあっという間だったわね」
「ぼうけんの森は、冒険者にとっては一番最初にくる森なんですぅ〜。けど最近は敵も強くなってしまってー、あんまりくる人もへっちゃったみたいなんですぅ〜」
人がよくくる場所ならそこは冒険の森じゃないし、お宝はもうなくなっているのでは? と、アリスは心の中で冷静に突っ込んだ。
「ここにー、強いモンスターが出るって聞いてるんですけどぉ〜」
「モンスターだと? それなら先ほど私がもう倒したが?」
突如どこかから声が聞こえた。
ハッとして前を見ると、几帳面に畳まれたシャツとズボンが路上に脱いで置かれている。
さらに見栄えを良くするような形で、真っ白なブリーフパンツが小さく畳んで上に乗っていた。
「残念、それは私のゴールデンボールだ」
ガサガサーっと道脇の藪が揺れて男が飛び出す。
アリスと、男のちょうど真ん中にはハーピィがいる!
アリスからは男の股間は見えなかったが、男はすべてをさらけ出しているようだった。
念のため言っておくが、アリスからは男の下半身は見えていなかった。
アリスはかしこい子なので、もしかしたらこの男はただ単に上半身が裸で下には短めの半ズボンかなにかを履いているのかもしれないと思ったのだ!
「ぎぃやああああああああああ!!」
ハーピィは絶叫し、アリスは男の出現に警戒する。
男の耳は髪で隠れて見えない。
この特徴的な、なにも特徴がない姿形が、アリスが忌み嫌う転生者のそれだったからだ。
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