第29話 ょぅι゛ょと全裸中年転生者 戦いの予感⭐︎

 カチャー邸で全裸転生者出現の話を聞き、カチャーに協力を断られてどうしたもんかなーと考えあぐねながらの私邸への帰宅。

 アリスはエスカランティスと一緒に、自宅兼調理場兼未来の喫茶店「アリスの隠れ家」まで戻ってきた。


「……やっぱり恥ずかしい。これー、なんとかならないの?」

「こればっかりは譲れない。なんてったって、俺の家族の名前だからな」

「つか私の隠れ家をこんな公然と掲げられたら困るんですケド!」

「他人の空似だろう?」

「むう、たしかに」


 エスカランティスはタッパーを入れた袋を両手両脇に抱えながら、足だけで器用にドアノブを回して中に入っていった。



 そう、エスカランティスは他人なのだ。

 自分の兄はこんなボサボサの髪をしていない。

 喋り方だって何か違う気がする。もうすこし自分に自信があったはずだ。

 目もどんより曇ってたりしないし……って、なにコイツとお兄ちゃんをくらべてるんだ。

 あたしのお兄ちゃんは、もっとかっこよかったはずだ。


 アリスは意味もなく昔を思い出した。

 アリスの記憶の中では、兄と慕っている男はいつもアリスに微笑んでいた。

 その顔は全体的に陰っていて見えない。ムショにぶち込まれてからずっと孤独との戦いで、寂しくなるたびに会えないかもしれない兄のことを思い出そうとしたのに、その顔はなぜかぼやけて思い出せなくなっていた。

「ふ、ふん! べつに、いつかまた会えればいいんだし!!」


「とりあえずこれだけあれば、一ヶ月はもつな? いやーカチャーちゃんはいい子だったな!」

 アリスの考え事とは別に、食料入りタッパーを持ったエスカランティスが唐突に話し出した。


「キッチンも使わせてくれたし、まさか調理道具まで貸してくれるなんてな! これで喫茶店経営まで一歩前進だ」

「あーっそ!! よかったわね! でもほんっとお願いだから変なことしないでよね! あたし一応追われてる身なんだから」

「素直に警察に出頭した方がいいんじゃないのか?」

「バッカ!! 転生者に手を出した獣人が無事で済むわけないでしょう? よくて再教育と職業訓練、悪かったらクビがコレよ!」


 アリスはそう言って自分の首を人差し指で横になぞった。


「死刑か」

「絞首刑よ。そんな苦しそうなの受けたくないじゃないっ」

「それは普通じゃないな」


 エスカランティスは特に感情を出さず、冷蔵庫のドアを開けて中身を見る。

 持ってきたタッパーをそのまま冷蔵庫に入れドアを閉めると。

 エスカランティスはふと周りを見渡した。

「……?」

「どしたの?」

「いやー。俺の家、こんなに綺麗だったかな? って」


 そういうとエスカランティスは、改めて部屋の隅々に視線を走らせる。


「気のせい、かな?」

「気のせいでしょ、今まで家なんて帰ってきてないし誰もこんな家に入ってくることないでしょ」

「それもそうだな」


 エスカランティスは置いてある小綺麗な子供用のイスにどかっと座り、あまりにも背の低いイスに半ば膝を折り曲げる形をとって部屋中を見回した。


 アリスもそれに釣られて周りを見渡す。

 特に変なものはないが、誰かに見られているような気配は感じた。


「まあ、気のせいだよな。それより俺は喫茶店の準備だ。アリスもこれからどこか出かけるんだろう?」

「ん? あー、そうね。ちょっと出て見たいもの見てくるつもりなんだけどおにい……じゃなくって、あんたも一緒に来る?」

「俺はダメだ。アリスが帰ってくるまでに、俺は今晩のごはんの支度をしないといけないからな」

「あっそ。そんなの外で食べればいいじゃない」

「そんなカネがどこにある?」

「ないなら盗めばいいのよ」

「ばっか。それじゃあ、ただのドロボーじゃないか。いいかアリス、人が嫌がることをやっちゃいけないぞ」


 立ち上がってエスカランティスがアリスの脳天に軽くこぶしをぶつけてくる。

 全然痛くはなかったが、アリスは顔をムッとさせた。


「う、うりゅさいっ! もういい、一人で出かけてくる!!!」

「暗くなる前に帰ってくるんだぞー!」


 アリスはエスカランティスの声に振り返ることなく、勢いよく廃屋同然のエスカランティスの家から飛び出した。

 向かう先はぼうけんの森だ。


 あそこには近隣の冒険者やこの世界の住人にハレンチ行為で迷惑をかけている、全裸の中年転生者がいるらしい。


『人に迷惑をかけてる転生者になら天誅を下しても、あの小うるさいエスカランティスも文句ないわよね?』

 アリスは頭の中でそう思い、通りをかけた。

 自分ならできるさ。この前みたいに、騙したりすかしたりすれば簡単にできるでしょ。

 そう思ってはいたが、現実は違った。


 西の空はかすかに暗くなりかけていた。

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