第28話 ょぅι゛ょと全裸中年転生者

『冒険の森の入り口に謎の全裸転生者が現れ、善良な冒険者を次々と襲っている』


 こういう情報が町とアリスたちの周囲に流れ出したのは、エスカランティスがエビの不法漁業の疑いで警察に追いかけられてからそう日が経たないうちだった。


 エスカランティスは無料で食材とキッチンを手に入れ(幼女ヴ・カチャーは貸したつもりはないと言っていたが)安価な手料理を皆に振る舞い、そこから少しずつ自分の店でも提供できるよう頑張っていた。


 アリスはと言えば、転生者への並々ならない恨み辛みを小さめの胸の内に抱えながらも、それをどうやって復讐へと転嫁、実行するかで考えあぐねていた。


 単に手を出すだけならバカでもできる。

 そう、バカならできるのだ。


 アリスは頭がよく、しかもいい子だったので、大人のエスカランティスに言われたことを素直に守っていた。つまり、罪なきものを一方的にいじめるのはよくないと学んだのだ。



「私は手伝わないからな。イマはうちの一族とアパートのことで手一杯なんだ」

「ムリして手伝えなんて言わないし。どーせなんだかんだ言って、臆病風に吹かれてやらないつもりでしょ」

「そう! よく分かってるな!」

「この裏切り者め」

「分かってるならさっさとここから出ていってくれても構わないぜ」

「ハッ、頼まれたって出ていくものかっ」

「ああそうかい」


 カチャーは呆れたように肩をすぼめると、なにか思い立ったのか棚に向かっていってガラス製の高級そうな瓶を手に取った。

 りんごの絵が描かれている、大きめの洋酒の瓶だ。

「まあ、そういうと思ったよ」

「分かっててわたしにそんなこと聞いたのかい? てっきり、わたしたちの仲を忘れたのかと思ったよ、ええカチャー?」

「そうだな。おまえが犯罪者で、あたしはここで平穏に暮らしてる。そこへあんたが突然押しかけてきて、あたしの生活を台無しにしてくれた」

「おいおいわたしはまだ何もしちゃいないぜ」

「ああまだだ! そう、まだだ。これから、あんたはあたしとこの家にやっかいごとを持ってくるつもりなんだろう」

 カチャーは洋酒の瓶の中身をカップに注ぎ、乱暴にそれを喉に注いだ。

「はっ! ばれてたんじゃ仕方ねえな! だが別に隠してなんかいねえぜ!!」


 隣のキッチンでは、エスカランティスがなにか新しい料理を作っている。

 料理の匂いが部屋の中を漂い、アリスとカチャーは自然と鼻をそちらのむけた。


「いいにおいだ。あんたの兄さんってのは、料理がうまいのか」

「わたしの兄貴じゃないが、料理はうまいな」

「そうなのか? でもここには置かないからな。自分の家で作らせるんだな」

「家はない」

「はあ?」


 ぽかんとした顔のカチャーを尻目に、アリスは洋酒の瓶をカチャーから奪い取り中身をラッパ飲みした。

 ただのリンゴジュースだった。


「廃屋を使ってるんだ。寝るところはあるが、それ以外は何もない」

「ああ、そうか。それはゴシュウショウサマだな」

「だから協力してほしい」

「はあ?」


 カップを持ったカチャーの手が止まる。

 疑わしそうな目でカチャーはアリスの目を見つめ、アリスもかつて仲間だったけもみみの幼女、獣の比率が高いイタチのような幼女の目を見つめた。


「いっしょに、冒険の森までついてきてほしい。あとキッチン道具を貸してくれ」


「ダメだ。ダメだダメだダメだ! あたしは冒険の森なんて絶対に行かない!!」

「なんだ怖気づいたのか?」

 アリスは薄い胸を逸らして目の前の獣人幼女に食ってかかった。

「昔は派手に暴れてた奴が、こんなところでシケた引きこもり生活してたらあそこの奥までシケちまったか」

「おまえがなんと言おうと、あたしはあたしの家と一族を守るんだ。そのために必要なのは、平和だ。キッチン道具なんていくらでもくれてやる」


「おいおいこんな貧乏長屋にこだわりやがって。昔のおまえはどこにいっちまったんだ? 昔のあの時みたいな、でかい夢を追ってデカい仕事をやってのけてたあの頃のおまえはよ」

「そのデカい仕事とやらの結果がこの家と家族だ! おまえにも家族くらいいるだろうが!」

「そんな奴は! とうの昔に行方不明だっ!! あたしは一人だ!!」

「へえ。だったらあのにーちゃんはどうするつもりなんだい。冒険の森だって、あの人ならいっしょについて行ってくれるんじゃないのか?」


 キッチンでは相変わらず、エスカランティスが何かを作っている。

 匂いは相変わらず美味しそうだったが、先ほどとは違って酢の香りも混ざっている。

 香辛料を効かせているようでもあり、何かを茹でているのか。それとも炒めているのか。


「あいつはどこにも連れてかない。あいつは料理人だし、自分の店を作りたいって言ってたしな」

「ふうん。じゃあ冒険の森には一人で行くの」

「考えとく」

 アリスは強がる姿勢を見せるべく大宮洋酒の瓶に入ったリンゴジュースを飲み干した。


「あたしは、何がなんでも転生者に復讐するんだ。あたしから家族や、何もかもを奪っていったわるい転生者を懲らしめるんだ!」


 そのためには、罪を犯している転生者が必要だ。

 悪を裁く悪。

 幼女アリスは、ギリッと奥歯を噛み締めるのだった。

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