第26話 ょぅι゛ょとお兄ちゃんと警察

 かくして異世界転生者の少年と商人の若頭、筋肉ムキムキの用心棒の肉弾戦もとい取っ組み合いは、市場の群衆たちの好奇の目に触れながら一段とエスカレートしていった。


 浅黒い肌の用心棒が、筋肉質な腕とガタイを武器に転生者の少年をフンガ-と持ち上げれば、転生者の少年はくるりと身を翻し、スロウの魔法を詠唱なしで発現して用心棒の動きをピタリと止めた。

 そこへ刀を鞘から抜いた若頭が両手で柄を持って切りかかれば、少年も間一髪で刃先を避けて距離を取る。


 ガタイのいい用心棒と抜身の若頭、丸腰の少年が対峙し互いに相手の出方を窺っている。

市場の人々は皆興奮して、やれやっつけろだのあいつは勝つだの負けるだの、終いにはどこからともなく現れた賭博の仲介人が転生者が勝つか商人が勝つかでトトカルチョを始めるわで……




 アリスは隙を見て、こっそりその場から離れたのだった。



「うしし、大成功」

 名前も知らない駆け出しの転生者だったとはいえ、業物らしい大剣を奪えたのは盗賊仕事としてかなり上出来な方だろう。


 ついでに商人の方からもお財布を頂いたし。

 騒いでいる群衆たちの懐からも紙幣を何枚かサッサッサッといただいたので、しばらく遊んで暮らしていても問題なかろう。

 問題があるとすれば……


「あのイソウロウか」


 アリスは鋭い目をして市場を行ったり来たりする人々の雑踏の中から、一人のニンゲン の姿をとらえた。


「高えよ、もっと安くならんのか?」

「これ以上安いもんはうちには置いてないよ。他を当たりな!」


 獣人はめんどくさそうに手のひらをふり、耳なし族の男を商店の前から追い払った。

 貧乏人の服。

 明らかに汚くて、臭そうで、服を洗っていないんじゃないかと思えるくらい使い込んだ野良服を着た男が一人。

「ちっ、ここの市場の奴らはみんなケチだな。気概よくタダでくれるような奴なんて一人もいない」

「おに……ちがう、なんだっけ名前」

 雰囲気が似ているので、アリスはこの男をついお兄ちゃんと呼んでしまいそうになるのだった。

 濃いヒゲ面で痩せている男がアリスを振り返った。

「ん。オレは、エスカランティスだ。まあ本当にそんな名前かはわからないけどなあハッハッハ!」

「名前も忘れちゃってお金もなくしてて、そんなんでよく笑っていられるわねえ」

「笑うのは、タダだからな! ここで辛気臭くしてても人生よくはならんだろう」


 ふん、よく言うわよ人生どん底まで落ちてるくせに、とアリスは思った。


「まあいいわ。で、あんたの方は何か食い扶持の足しになるようなものは見つけれたの?」

「それがなー。ここいらのやつはみんなケチみたいでな。誰も何も分けてくれないんだ。でもいいことを聞いた……」

「収穫は、ナシなの」

 アリスはにっこりと笑って見せた。


「そ、そうこわい顔するな。いやないわけじゃないが、それよりお前の方は?」

「あんたにお前呼ばわりされる覚えはないんだけど?」

「あ、アリスはどうだったん……ですか」

「私はジュンチョーよ。一仕事して、しばらく遊んで暮らせるくらいの収入はできたわ」


 アリスは得意げに腕を組んでフンと鼻を鳴らした。


「あっそう。そのー、背中に下げてるそれ?」

「これ? これは転生者様の剣ね」

「どうしたんだそれ」

「もらったのよ」


 アリスは自分の背中にさしている大剣をさわり得意げに笑った。

 だがエスカランティスは、いい顔をしなかった。


「本当に、誰かからゆずってもらったものなのか?」

「う、うっさいわね! 弱い奴が分不相応なモノ持ってる方が悪いのよ! ええそーよ、もらったんじゃないですうばいました!!」

「本当に奪ったのか?」

「だーまーしーまーしーたっ!! なに、なんかあたしに説教でもするつもり? 言っとくけどね、この世界で正義なんて通用しないからね!! いい子なんかしてたらゼンブ誰かに奪われて終わりよ! わかる!? あんたもそうやって誰かにひどい目にあわされてきたかもしれないんだよ!?」

「んー」

 ヒゲモジャのエスカランティスはむずかしい顔をしながら、腕をくみ考え込んだ。


「返してきなさい」

「は? いやいやいや、え、なにあたしの仕事を否定する気?」

「いやそう言うつもりではないが。やはりオレは、人というのは堂々としているのがいいと思うんだよ」



「は? 堂々?」

「うむ。盗賊でもな、墓泥棒でも勇者でもなんでもだ。見てみろアリス、あいつらのあの姿を」

 言ってエスカランティスは遠くで徒党を組み騒いでいる転生者たちの集団を示した。


「転生者たちが騒いでいる。言いたくないが、昼間から酒を飲んで女の子たちに囲まれて大騒ぎしている姿はとてもうらやましい、いやみっともない。転生者がどうしてこの世界に転生してきたのかは分からないが、そうまで刹那的な人生を楽しみ生きていて、果たして生きる意味はあるのか? 人が生きるということは、愛する誰かと共に生き、愛し愛されることだと思う。仲間内で集まってするどんちゃん騒ぎに意味はあるのか? 見てみろ、まるで日本人だらけのハワイみたいなことになってるじゃないか」

「いやわからん」

 アリスは手を左右に振ってエスカランティスの言葉を全否定した。


 エスカランティスはちょっとだけムッとして様子を見せたが、とくに何かを気にしている様子ではなかった。

 ただ騒いでいる転生者たちを見て、ちょっと遠い目をして何か考えるそぶりを見せて目を細める。


「人に認められる仕事をしろ。昔誰かにそう言われてきたよ。それ以外はなにも覚えてないがな」

「ふぅん。若年性ケンボーショウってやつ?」

「記憶喪失だっ」


 エスカランティスのこぶしがアリスの頭を優しく叩いた。


「とにかく、その剣は持ち主に返せ。どうせ何かされたから仕返しで奪ったとかじゃないんだろ?」

「んー。あー、うー……」

「ここはオレに免じて、返してやってくれ。な?」


 背の高いエスカランティスがわざわざアリスの前に体をかがめて、アリスの顔を見つめてきた。


 ボサボサの長髪が顔の半分以上を隠している無精髭の男。

 だが髪の隙間から窺える二つの瞳はとても優しそうな黒色で、アリスはその瞳に目を覗かれてドキッとした。

 にっこりと微笑まれるも、どうもこう居心地が悪い。いや悪くはないんだが良くもなく、そしてこのままの流れだときっと頭の上にあの大きな手のひらがのってきて優しく頭を撫でてくれる……


 あの時の、お兄ちゃんがそうしてくれたように。



 ………………



 …………



 ハッとして、かっと目を開いて、アリスは目の前の大男を手をグーにしてぶん殴った!



「ざ、ざっけんなよこのヘンタイ! ロリコン! 浮浪者! 引きこもりのドーテー無職のバカ! バカバカ!! バカのバカバカバカバカバカ!!!」

「ノォォォォォーっ!!??」


 アリスは顔を真っ赤にしながら大声を出し、殴り飛ばされたエスカランティスは情けない声を出しながら近くのゴミ捨て場にのめり込む。


「か、返してくればいいんでしょう! 言われなくたって、こんなガラクタ売っても大した額にもならないわ。屑鉄屋に売るのもめんどくさいから返してくるわよ!!」


「そ、それでいいんだアリス。ああ、そうだ。返す前に、ちょっとだけそれを触らせてくれないか」

「な、なにをさわる気なのよ」

「なにも、変なのはさわらんよ」


 エスカランティスはゴミ捨て場から立ち上がると、アリスの大剣を勝手に手に持ってぶんとふるった。


 もちろん通行人の邪魔にならないように、往来の隅っこでだ。



「ふむ。実はこの近くで、エビが採れる小川があると聞いてな。エビ採りに使えそうな、いい感じの武器があったらいいなと考えてたところだったんだ」

「エビぃ?」

「まあな。これ、返す前にすこしくらい使ってしまってもかまわんだろ。うむ、これできっといいエビが採れるぞ!」


 エスカランティスが大剣をぶんぶんと振るうと、大剣はそれに応えて淡い青色に光ってみせた。




 その日の夕方。

 謎の大男が近所の小川で聖剣『カラドボルグ』らしきものを使ってエビ採り漁をしているとの通報がパラミタ警察に入り、秘宝乱用と密猟の疑いで警察署総出でその大男を追いかけるという珍事が起きた。

 なお大男は最後まで警察には捕まらず逃げ切り……




 エスカランティスとアリスの夕食は、大きなハサミが特徴的なエビを甘辛いソースで丸ごと炒めた『マーラーシャオロンシア』という中華料理だったという。

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