第23話 幼女と窃盗
市場は人だかりでごった返していた。
獣族。獣人。獣亜人。顔を日焼けから守る布で隠した若い成人女性。どれも一様に背が高い。
アリスは目的の転生者に近づくため、あえて人だかりの濃い方へ近づいていって転生者との間に距離をとった。
「ん?」
アリスが近づいた瞬間、転生者がこちらの方を振り返る。
アリスは身をかがめて群衆内の足元に隠れた。
「なにか、いやな視線を感じる」
「やばっ、ばれる?!」
転生者は明らかにアリスのいる方向を警戒していた。
そこで、身をかがめたまま半歩身を引いてみると、転生者は警戒の目を解く。
「気の、せいかな」
「ははーん。こいつ、一定の距離内に視線を向ける奴がいると『視線を感じる』スキルを持ってるのね」
アリスは距離を保ちつつ、さらに転生者の様子を伺った。
背中に青い大剣。背格好はいたって普通。振り返った時に見えた顔もごく普通。へいぼん。特徴一切ナシ。
肩や背中の動きを布越しに注意深く見て、筋肉のつき方を注視してみる。
「特に何もない」
圧倒的な転生者気質だ。
ちらりと胸元に見えたメダルかなにかのネックレスは、転生した時に手に入れたマジックアイテムかなにかだろうか。
転生者が持っているユニークアイテムみたいなものは、あの二つかな。
カネも持ってなさそうだし。
転生者がゆっくりと動き出したので、それに合わせてアリスはも動いた。
人混みで動かない人だかりを左右にかき分け小さい体を前に移動させる。
転生者が立ち止まるとアリスも止まる。たまに距離が近すぎると転生者の青年は容赦なくアリスのいる方を振り返った。
「気のせいかな?」
「(あああ、あっぶねーッ!)」
転生者の青年は妙にゆっくり動き続ける。規則らしい規則といえば、ランダムに目に入った露店の前に立ち商品を興味深く観察していることだ。
あまりにもよく商品を見ているので、別の通行人が近づいてきても気づかず背中がぶつかってしまうことがあった。
「あっすいません」
アリスはそれを見て、閃いた。
通行人のふりをして近づき、背中が当たった瞬間に勢いよく押し倒してアイテムを奪えばいいんだ。
「さて。じゃあやってみるかね!」
アリスは腕まくりをして颯爽と人混みを出た。
「ん!?」
「……ヤ、ヤア。ハロー、ハハハ」
転生者の青年が振り返り、アリスのことをじっと伺った。
アリスは両腕を勢いよく前後に振りながら、その場を通り過ぎた!
「……気の、せいか」
「(あっっっぶねーーーーー!心臓が爆発するかと思った!!!)」
アリスは勢いよく人混みの中に潜り込み、転生者の目から見えないよう気配を消した。
「(どうなってんだよ!これじゃ近づけもしないじゃんかよ!)」
アリスはバックンバックンいって高鳴る平らな胸を押さえつけ、親指の爪を噛んだ。
「今まで転生者って、どうやって倒してきてたっけ!?」
思い出しても、特にどうやったのか特徴的なアクションは思いつかない。
強いて言うなら爆発だ。車で踏み潰して、ガソリンが漏れて炎上した。
それ以外はみんなただの亜人たちだ。
「……市場で車を暴走させるか?でもそんなことやったら他の奴らはどうなる。落ち着けアリス、関係ない他人を巻き込んで殺◯ことに罪は感じないのか?感じるか、クソっ!今までさんざん亜人を◯してきたじゃないか!考えろ、かんがえるんだ私……」
考え込むたびに、アリスの右と左のけもみみがぴくぴくと左右に細かく振れる。
あちこちの音から、群衆の衣擦れや話し声が聞こえてくる。
神経を研ぎ澄まし、かんがえる。
かんがえる。
かんがえる。。。
かんがえる。。。
ポンとアイデアが浮かび、アリスは指を鳴らした。
「そうだ。暴漢に私を襲わせて、あいつに私を助けさせればいいんだ」
弱い亜人を転生者が助け、亜人は転生者に惚れてそこからこの世界の物語は始まる。
だが、そうはいかん。
なんてったって、私は生まれついてのドロボウ猫亜人種のアリス様なのだ。
幸いにもここは市場ということもあって人が多い。
もちろん裏稼業の奴らが都合よく見つかるはずはないが、運良くこの町には衰退の色が見えている。
人々の心に悪が潜み、言葉にできない不穏な気配が、不安と恐怖を餌にして人々の心の中で小さく成長しだしている。
すこし喧嘩をふっかければ、誰もがすぐに化けの皮を剥がすだろう。
優しそうな顔をしているあの夫人も、若者も年寄りも商人も、みんながみんな恐怖に怯えている。
転生者という、強大な力を持った異種族の侵略者に。
アリスはとりあえず、目の前に広げてあった果実売りの商店の壺から手っ取り早く果物を奪った。
ギロリと、商人の目がアリスを見る。
負けじとアリスは、緑色に熟れた果物を丸ごとかじる。
「おっさん、うまいねこれ!」
「そうだろう?1000ゼニーだ」
「果物ひとつで1000ゼニー?ちょっと高すぎじゃないこんなの隣の店で買った方が、もっとうまくてもっと安いね」
「隣は隣、うちはうちだ。さあ商品を口につけたならお代をいただこうか」
「うちはあっちの通りじゃけっこう有名な、洋食店なんだ。こんな水っぽくて味が薄いものなんてとても買えないね」
「どこの店の小僧か知らんが、うちの店のもん食っておいて文句言うヤツはただじゃおかねえぞ」
「タダじゃないならいくらくれるんだい?」
「そういう意味じゃねえ!!!」
ヒゲ面の、白いターバンを巻いたいかにもといった商人のおっさんがカッと顔を赤くする。
ガタッと商人のおっさんが音を立ててイスから立ち上がったので、アリスは一歩後ろへ飛び退いて距離を取った。
背中に誰かの体が当たって、アリスは動きを止める。
後悔した。
「お嬢ちゃん。うちのオヤジをからかっちゃいけないよ。なんてったって気が短くてすぐ手が出るクセがあるからね」
後ろの誰かに当たった腕が、相手が金属の短刀を持っていることを触覚でアリスに訴えた。
しかも筋肉がある。体が当たってもびくともしない。
おそるおそる後ろをふりかえり見上げると、ターバンにキレ目をしたハンサムな青年がいた。
あと荷物持ちか護身のためなのか、同じく剣を持った取り持ちが一人。
「さあお金を払ってとっとと逃げな」
「へ、へへへ」
アリスは緊張した顔で笑うと、さっと身を翻して若いハンサム男の腰から短刀を盗む。
そのままトトトっと露天商脇のカゴに足をかけ駆け上がると、身を翻して大胆に宙返り。
若者と商店主と護身の男を飛び越えて、町行く人々の渦中に飛び降りた。
「これ、大切なものなんだろう?いくらくらいの価値があるんだろうねえ?」
「あ?あーっ!!!」
「あの泥棒ねこを捕まえろ!!!」
「んべーっ!」
アリスは若者から盗んだ短刀を胸の前で大事そうに抱えて持つと、くるりと商店に背を向けて走り出した。
後ろから商店の若者とその護衛が、走って追いかけてくるのが背中から感じられる。
「待てー!」
アリスは走った。
あの、転生者のいたところを目掛けて。
群衆の足元を潜り抜ける。
悲壮感を漂わせて。
まるで、暴漢から大切なものを守るようにして。
転生者が見えたら、勢いよく転んで剣を放り飛ばすのだ。
そうして、あとは……
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