第22話 幼女とおしごとはじめ!!
神さまの言われる通り異世界に転生してきた勇者が、市場で三下に追われていたけもみみろりっ子幼女を助けていざこれから冒険が始まるのかと思ったら、逆に幼女にボッコボコにされて身ぐるみ剥かれておうちにかえるおはなし!◆◆◆◆◆◆
ということで、幼女アリスとさすらいの大男エスカランティスは市場にやってきた。
曰く、今日のターゲットはこの辺りに現れるらしい。
「ターゲットぉ!?おまえ、また誰かを襲うつもりか!?」
「しーっ!声が大きいぞ、でっかいの!」
アリスは背の大きいエスカランティスを仰ぎ見て、人差し指を自分の小さな鼻先に当てた。
とは言っても、市場は人々の喧騒や鳴り物の音、威勢のいい市場の店主の声に覆われておりアリスやエスカランティスの掛け合いの声など、誰も聞いていない。
エスカランティスとアリスは、互いに違うことを考えながら市場を歩いた。
片方は、今日のご飯の食材をどうしようかなと考えながら。どうせなら、昨日お世話になったあの車の運転が妙にうまい女の子とその家族たちと一緒に食べられそうなもので料理を作りたいと。
かたやちっちゃい方は、異世界転生に慣れてなさそうな新人異世界転生者がどこかに転がっていないかと。
そして両方とも空きっ腹なので、目にどんよりとした影を浮かべながら市場中を見回していた。
側から見たら明らかに目つきの悪い二人組が食い逃げか何かを企んで徘徊している風に見えただろう。
「高いな」
しばらく市場を徘徊して、エスカランティスはふと感想を漏らした。
「これがふけーきってやつか」
「……どこでそんな言葉を?」
「家の前で飲んだくれのオッさんが言ってた」
幼女アリスは眉間にしわを寄せながら、ジロジロと路肩まで舐め尽くす勢いであちこちを見回している。
「あんな安い野菜ですごく小さいのに、この前見た時より十倍は値段が上がってるぞ。信じられん」
「ふけーきだな」
「そりゃそうだが。おまえ、本当にその意味わかって言ってるか?」
「つまり転生者がわるいわけだ!」
アリスは眉間のシワをさらに多くしながら目をきつくした。
「あいつらをぶっ倒せば、ふけーきも終わる!」
「いや全部の転生者が悪いやつじゃないかもしれんぞ?」
「転生者は悪いヤツだ!わたしから、家も、家族も、おにいちゃんも全部奪っていった!でっかいのは何かあるとすぐ転生者の味方みたいなこと言うけど、なにか弱みでも握られてるのか?」
下からエスカランティスをじろりと見上げた幼女アリスの視線を受けて、記憶をなくした自称転生者のエスカランティスはそっぽを向いた。
エスカランティスには、自分が転生者であることを公的に証明できるものがなにもない。
名前すらわからないので、例えばギルドのデータバンクを検索することもできないのだ。
「おっ安そうなの発見」
「転生者みっけ!」
エスカランティスとアリスが同時に声を出し、互いが互いの出した声に異論を唱えそうな目で互いを見つめた。
「食いものぉ?そんなの今からステーキくらい食べられるようになるんだから後にしろよ」
「転生者、って、あれどう見てもアリスが考えてる悪いヤツじゃなさそうだよな?」
見れば市場のずっと向こう側に、市場に出入りする業者でも買い出しに来た職人でも奴隷でも観光客でもない、明らかに浮いた格好をした背の低い青年がいた。
もの珍しそうにあちこちを見ながら、四角い小さな何かを手に持ってモゴモゴと何かつぶやいている。
まるで、どこか異なる世界からたった今やってきたような格好、身なり、あるいは雰囲気だった。
むしろエスカランティスはあの格好に見覚えがあった。
あれは、昔の俺だ。
たぶん市場に出てくればきっと何かあると踏んだに違いない、初心者転生者だ。
アリスが舌なめずりをして、気合の腕まくりをしていた。
「おい。まさか、あの子を襲うつもりじゃないだろうな」
「襲うなんて悪いことしないわ。ただちょっと、この世界のジョーシキを教えてあげるだけよ」
アリスの悪びれない言葉に、エスカランティスはため息をつき顔を手で覆った。
「いくら初級転成者だからって、そんなにほいほい襲えると思わないほうがいいぞ」
「だーいじょーぶ!こんなにいい子そうな私が、そんなあくとうにみえる?」
アリスは不服そうに頬を膨らませてあからさまに善良な獣人の雰囲気を作ると、猫耳の上からさらに両手を当ててぴょんこぴょんこと飛び跳ねてみせた。
可愛いかな、と思った。悪ささえしなければ。
「あんまり酷い目に合わせるんじゃないぞ。オレは今夜の食材でも見ておくわ」
「ふん、あんたなんかにはこんなヨゴレ仕事、してもらわなくてけっこうですよーだっ」
そしてアリスは、前を向く。
「へっへー。レベル1の転成者さん、パラミタにようこそ!」
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