第18話 幼女と幼女とクソ◯ァッキンなこの世界

暴徒の追跡をまき、エスカランティスがやってきたのはスラムからたったの1ブロック離れた住宅街だった。


「ここら辺は道一本外れるだけでヤバくなる町なんだよ」


カチャーはすこし疲れた顔でそういい、白いがだいぶガタがきている、ガレージ付きの古い低層住宅の一つに入っていった。



建物に入ると、子供が一人暮らししているとはとても思えない生活感を感じられた。

床にはゴミクズが散らばり、板張りの廊下はあちこちシミができている。


「悪くない生活じゃないか。少なくともこっちのおっさんよりはいい生活してるぜ」

「裏でアパートを経営してるんだ。つっても、入ってるのはうちらの親戚だけどな」


カチャーは冷蔵庫を開けて適当な飲み物を取り出すと、それは瓶ジュースだったが、エスカランティスとアリスに投げてよこした。


「まあくつろいでくれ」

「ああ。それよりおまえ、すこし焼けたか?」

アリスは渡された缶ジュースのフタにエスカランティスの手をむりやり引き寄せると、金属のフタを掴ませて強制的にしゅぽっとこじ開けさせた。


「いってええええええッ!?」


「ああ。さいきん外でも働いてるからな。近くの町でレモネードを売ってるんだ」

「そんなのでカネになるのか?」

「そこらへんの転生者どもが買ってくれる。小さな女の子が飲み物売って日銭稼いでるのが、見てて不憫なんだとよ」


カチャーはギザギザの犬歯をのぞかせて、へっと笑った。


カチャーはカチャーで自分の歯を使って瓶の蓋を開けて飲む。

エスカランティスはどうやって自分の瓶ジュースのフタを開けて飲むか考えた。


「まったく、転生者様様だぜ。おかげでカネに困る生活はしていない」

「おお、そうだな。それに、あのとき銀行からガメたカネもぜんぶおまえが持ち逃げした。あのときのカネはどこにやった?」


「ああ、あのときのカネか?」


カチャーは興味なさそうにソファーに寝転がり、瓶ジュースをチューっと飲んだ。


「しらばっくれるな!カネだよカネ!あれだけの大金だぞ、どこにやった!」

「これだよ」


カチャーはアリスに胸倉を掴まれながらも、達観した様子で上を見た。

「は?わたしをバカにしてんのか?こんなボロアパートなんか何十個も建てられるくらいのカネだったろーが!デタラメ言うな!!」

「だから、これでぜんぶだったんだよアリス。しかもあのとき奪ったカネだけじゃ足りなかったから、あれからあたしは借金もしちまった。インフレってやつなんだとさ」


カチャーは興味なさそうに、ジュースを飲み続ける。


「は?いんふれ?」

「はいぱーいんふれ、だ。カネがぜんぶ紙くずになっちまった。ウチらはあの日苦労して銀行に押し入って、わざわざなんの価値もない燃えるゴミを持っていっちまったのさ」


カチャーの説明にアリスは、眉間にしわを寄せて黙り込んだ。


「よくわかんねえな」

「つーまーり、異世界から転生してきた転生者様がたは、うちらの大陸にカネっていうものを持ち込んできただろ?ただの紙っきれだったり金属の丸い板だったりするやつを、別のものと交換できるっていうのをよ。それが前まではできてたんだけど、もうできなくなっちまった。ただの紙がただの紙に戻ったんだ」


「よくわかんねえが、紙が紙になったんだろ?いいことじゃねえか」

「よくねーよ。今まで紙のカネ一枚でタバコが買えたのが、今じゃ紙のカネを100枚積んだってもう買えない」

「私はタバコは吸わないぞ!不健康だからな!」

「ごえんちょこは一万倍以上値上がりした」

「許せねえ!!!!」

アリスは激怒した。



「この世にあるすべてのものが値上がりした。飯も、おかしも、おまんじゅうも、土地も銃もヤクも何もかもだ。転生者様はカネがどうなろうがどうにでもなるんだろうけどよ、庶民のあたしたちは生きるのに死に物狂いなのさ」


たはぁーとカチャーはため息をつく。


「あんとき銀行から奪ったカネは使っちまった。このしょぼいアパートと裏の馬小屋みたいな家がそれさ」


「ふざけんな!!私たちのカネが、そんなくだらないものにされてたまるか!!それにあのときの転生者だ、なんであんなところに転生者がいたんだよ」

「あれは……」

「私は知ってるんだぞ、オマエが普段から強盗稼業から足を洗いたがってたのをな。私とオマエで手を組んで、ここらを荒らして回れば向かうところ敵なしのはずだった。なのに、オマエは臆病風に吹かれやがった!」


「一族と家族のためだ!」

「ああ、家族は大切だもんな」

アリスは澄ました顔で何度も頷いた。


「唯一無二の仲間よりもな、オマエはこのクソ◯ァッキンな世界に爪痕を残すことよりも、クソファ◯キンな自分たちの家族を選んだ!この!ファッキ◯な!!この世界より大切なものだ!あの場に警察と転生者どもを呼んだのはオマエか!?ああ!!!???」


ひときわ大きくアリスは叫ぶと、足元に落ちていたゴミの中から輪ゴムを見つけて拾い上げ素早く指鉄砲の形にしてカチャーの上に飛び乗る。


アリスは冷酷な顔つきで、カチャーのこめかみに輪ゴム鉄砲を突きつけた。

「オマエの裏切りのせいでデイメアマアもラマーもジョルジュも行方不明だ」

「そんなのであたしを脅すつもりか?」

「当たるとしぬほど痛いんだぞっ!」


「はいっ!アリスちゃん輪ゴム鉄砲で女の子をいじめるのは、ちょっとやりすぎかなー?」

カチャーとアリスが取っ組み合いのケンカを始める雰囲気になったので、アリスの保護者「的」な立場でもあるエスカランティスはアリスの小さな体をひょいと引っ張り上げた。


「女の子が女の子をいじめてたりすると、立派な大人になれないぞ?」

「フギャーーーーッ!!!!」

持ち上げられたアリスは、エスカランティスの顔を思いっきり引っ掻いて、その大きな手と腕の拘束を解除した。


「カチャー!やっぱり私はオマエを許せねえ!」

「うえーん、アリスちゃんがあたしのこといじめるぅー」


カチャーはわざとらしく幼女ぶり、血を流して床にうずくまるエスカランティスの後ろに隠れた。


「うう、やめるんだぁアリスぅー……」

「てめぇ、カチャー!!!」

「んべー!」


床に倒れたエスカランティスのまわりを二人の幼女がぐるぐる回る。

痛さで未だ身動きが取れないエスカランティスは、このあと自分はどうすればいいのかとしばらく考え込むことになった。

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