第17話 幼女と存在しない幼稚園の思い出

崖から墜落したハーレーダビッドソンは、アリスとエスカランティスを乗せたまま見知らぬ低層住宅街に飛び込んでいた。


いや、これが低層住宅街?

屋根を突き破った衝撃で木屑や埃がパラパラと落ちてきているが、納屋か、あるいは倉庫か仮設建材を利用して作られた小屋だ。


やけに痩せているが目だけは爛々と輝いている色黒の亜人たちが、空からふってきたアリスとエスカランティスを見つめていた。


アリスたちはスラム街に戻っていた。

ここはスラムの中でも、特にヤバい場所じゃないだろうか。


「は、ハロー」

エスカランティスが挨拶しても、色黒の少女たちは一切の反応を見せない。


怯えもしない。驚きもしない。ただ絶望した目でエスカランティスを見つめていた。


「أصدقائك هناك.」

「へ?」

「…………」


色黒の少女は黙ったまま、壁のない小屋の外側を指差した。


「い、いつつつつ……」

「おいアリス!無事か?」

「ああ、おまえか……ここは地獄か、天国か。それともわたしはまた死にそびれたのか?」

「変なこと言ってないで、早く出て行くぞ!あ、これ!少ないかもしれないけど!!」


エスカランティスは店の再建用にとっておいた金貨を、色黒の亜人少女に投げ渡した。

「これで屋根を直してくれ!」

亜人少女たちは死んだ目のまま、黙ってエスカランティスを見ていた。



埃まみれのアリスを肩に担いで外に出ると、近くのあばら家にカチャーの乗る高級スポーツカーも落ちていた。


運転席のドアが開き、中から満身創痍のイタチ耳幼女がふらふらと這い出てきた。

「こっこのやろう!もう逃がさねえぞ」

「わかった、わかった!」

カチャーの体にアリスが上からおおいかぶさると、カチャーは堪忍したように両手を上にあげた。


「もう逃げない、約束する」

「そんなことより、雪の降るあの強盗の日に何があったのかを全部吐いてもらおうかっ!」

アリスがカチャーの細い腕っぷしを掴んで後ろ手で締め上げたタイミングで、どこかでパパパパンと軽い発砲音が聞こえた。


それから群衆の叫び声と、集団が駆ける時に聞こえる地響きがわずかに聞こえ出した。


「やべえ、ギャングどもの目を引きつけちまった」

「なあアリス、一時休戦しよう。近くにウチの家があるんだ。そこに言ったらぜんぶ話す」

「また逃げるんじゃねぇのか?」

アリスは口を上弦の半月形にして怒った。


「逃げない!もう逃げない、約束する」


カチャーの観念した声にアリスはエスカランティスを振り返り、どうすべきかと言った顔をした。

エスカランティスとしては、女の子同士がケンカしてどちらかがケガでもするのがイヤなので、とりあえず優しくたしなめることにした。


「カチャーちゃん、だっけ?何をしたのかはよくわからないんだけど、アリスもホントはキミのことが嫌いなわけじゃないんだよ。今まであったことを正直に話してくれたら、ボクからもアリスに、カチャーちゃんをぶったりしないようにって言ってあげるから」


どちらかというとでっかい顔に筋肉質な体つきをしているエスカランティスは、女の子を怖がらせないため精一杯の笑顔を作って見せた。

地面に突っ伏しているカチャーをひょいと拾い上げ、髪の毛や顔や服についた泥を綺麗に拭き取ってあげる。

気分はまさに、幼稚園保育園の保父さんだ。


アリスがキョトンとした顔をしていた。


「あ、あんたバカなの?今までわたしが言ってた話ちゃんと聞いてた!?」

「おお、もちろん聞いてたさ!二人はお友達で、幼稚園かどこかでケンカしていたんだろう?」

「ぜんっぜんそんなこと言ってない!!!」


エスカランティスとアリスの言葉のやりとりを聞いてフシギな顔をしていたカチャーが、何かを合点したような顔をしてパアッと明るくなった。


「うんっ!そうなの、カチャーはアリスちゃんとともだちなのっ!!」

「ちょ、バカ!離れろ!くっつくな!」

「アリスぅー、カチャーこわかったよぉー!」

「てめぇコロスゾ!!!」

「はっはっはーそうかそうか!二人とももう仲直りしたのか、よかったよかった!」


「انا هنا هناك」


軽機関銃を持ったアラビア人風亜人おじさんが、石を持った群衆を引き連れてエスカランティスたちのところにやってきた。


名も知らない群衆の一人がハンドガンを空に向かって数発発砲し、乾いた銃声がスラム街に響く。

その音を聞いて、エスカランティスは立ち上がった。


「逃げるぞっ!」




名前を忘れた元異世界転生者のエスカランティス、元の名前を王土ハルヒコ。

男は小柄な亜人幼女二人を脇に抱えて、銃を乱射する暴徒も引き連れ町のなかをひたすら走った。

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