第16話 幼女と爆速ハーレーダビッドソン
パラミタ大陸、王都の高層ビル群や煉瓦の町並みは、すべて短期間のうちに転生者たちの持ち込んだ建築技術で作られたものだ。
王都中心部の景観は複雑に入り組んだ高速道路環状線や魔力鉄道、バスターミナルなどで美しくも華々しい作りになっていたが、少し中心部から離れれば、この町の影の部分が見えてくる。
広大なバラック建ての低層住宅街、日焼けした泥壁作りの一軒家の群れ、中心部から運ばれてくるゴミ山とそれらを漁ることで日々の糧を得るスラム街。
その先にあるのは、砂と荒野、人に慣れ次第に大型化していった野生生物たちの棲む何もない大地である。
ヴ・カチャーの乗るマスタングは中心地を駆け抜け、再開発区を走り、スラムの広がる下水道と汚水施設区に逃げていった。
「にがすか!」
アリスはハーレーのアクセルを回して、バイクをさらに加速する。
幼女の腰につかまって振り落とされないようにしているエスカランティスは、必死になって目を細め前を見た。
黒いスポーツカーが整備されていない細い路地を、半ば暴走するように駆け抜けていく。
無造作に路肩に置かれたゴミ箱が倒され、中から大量の紙くずやビニールなど得体の知れないゴミが散らばる。
それらのいくつかが風に巻き上げられて、エスカランティスの顔にくっついた。
「…………!!!」
エスカランティスはゴミに視界を遮られながらも、なおも幼女の腰から手を離すまいと懸命に粘る。
バイクが左右に振れるだけで、体がどこかに弾き飛ばされそうになった。
顔を横に向けてなんとかゴミを顔からはがすことに成功すると、今度は目の前に巨大なトンネルの入り口が広がっていた。
「カチャーめ、どこまで逃げるつもりだ!」
「も、もうそろそろ諦めてもいいんじゃないのか!?」
「バカ言うなっ!せっかくあの日起こったことを説明してくれる奴を捕まえたんだ!あのとき手に入れた金の行方も他の仲間たちのことも、私にとってはまだ何も終わっちゃいねえんだ!!」
前方を行く赤いテールランプが地下トンネルへと吸い込まれていく。
「逃すかッ!」
アリスも負けじとハーレーのハンドルを切る。
トンネルの先は、工事中の地下鉄構内だった。
カラーコーンを弾き飛ばし、立ち入り禁止のゼブラバーをへし折り闇の中へと突き進む。
タイヤがコンクリート台座の継ぎ目をリズミカルに乗り越える。そのたびにバイクは小刻みに上下に振れ、小柄なアリスの体も不安定そうに揺れ動いた。
先を行くスポーツカーも同様に動きにくそうにしていた。さっきからエンジンのかけ方が一定ではない。
時に乱暴に空ぶかしし、分岐を繰り返す地下構内を右へ左へと突き進んでいく。
そのうち、太い伏線へと飛び出した。
「アリス後ろから!!!後ろからああああああーッ!!」
「わかってる!わかってる!!」
飛び出した伏線のすぐ後ろから、地下鉄が迫ってきていた。
白い前照灯がアリスとエスカランティスの乗るハーレーを照らし、うるさい警笛が構内中に響く。
「もっと早く!もっと早く!!」
「わかってる!!わかってる!!!」
「追いつかれる!!追いつかれるううう!!!」
「わかってる!!!!わかってる!!!!」
死に物狂いで前をにらみ、目をかっ開き、カチャーの乗るスポーツカーが伏線をまたいでとなりの線に移ったタイミングで、アリスたちも隣の線に乗り移った。
間一髪で後続の列車に追突されることはなくなったが、だが今度はトンネル前方から警笛が聞こえてきた。
嫌な気配しかしない。
「なあアリス。このままだと、もしかして前からぶつかるんじゃ……」
「わかってる!!!!!」
二度、三度と警笛が聞こえて、白い光がトンネルの向こう側に見えた。
エスカランティスは全身から汗が吹き出るのを感じる。
「非常口だ!」
バイクを操縦するアリスが叫んだ。
「工事車両の退避スペースがある、そこから外に出られるぞ!」
「さっきの子はどうするんだ?」
「カチャーも同じことを考えるだろうさ!」
事実、カチャーの乗る黒塗りのスポーツカーもそれを考えているようだった。
車を加速させ、レール本線からずれて退避口へ進入していく。
だがアリスたちの乗るバイクは、状況が違った。前方から猛スピードで鉄道が迫ってきているのだ。
「アリス前からもきているぞッ!」
「このまま行くぞ!!」
「もうそこにいるぞ!!!」
「このまま行く!!!」
「ダメだ間に合わない!!!」
「このまま!!!!!」
「もうダメだ!もうダメだあああああ!!!」
「ゥオラァァァァァァァ!!!!!!!」
アリスたちの乗るハーレーは間一髪で退避口へ突入し、非常用出口から光り輝く外の世界へと飛び出す。
そこは工事中の、崖っぷちだった。
「AAAAAAAAAAーーー!!!!!!!」
ハーレーに乗ったアリスとエスカランティスは、絶叫を上げながら落ちていった。
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