第14話 幼女と犯罪行為

パラミタ大陸に流通するごくありきたりの古いワゴンカーは、幼女が運転しエスカランティスがアクセルをベタ踏みする事で、一気に生まれ変わった。


安全第一の地味なファミリーカーが、予測不能な動きをする超暴走自動車になったのである。


その車の動きは、まさに自動車安全運転講習を受けていないプリウスミサイルそのもの!!


「いやっぅぅぅぅふゥ!!」

「うわーぶつかるうううう止めてェェェェ!!!」


小道から大通りへの合流、一時停止や左右確認無視などあたりまえ!

大通りに合流したと同時に左右からやってきた車のバンパーにガン!ゴン!!ガン!!!とぶつかりながら進路方向に向かって車体を捻じ曲げ、中央分離帯を突っ切って反対車線に飛び出して、歩道を歩いていた通行人をかすめてまたすぐに車道の中央走行車線を突破、車道を大暴走した。



「車のチョーシは悪くないかんじだナー!!」

「前ッ!前ぇぇぇぇぇ!!!!」


アクセルを離してブレーキを踏めばいいものを、エスカランティスはアクセルをベタ踏み全開にしながら背をのけぞらせて絶叫した。


ヒビの入ったフロントガラス越しに、小さかった大型トレーラーの車体がぐんぐん近づいて見えてくる。

いすゞトレーラーの大きなタイヤと車体下部が人を殺す勢いで前面に広がったタイミングで、幼女はハンドルを切った。


「やっとエンジンがあったまってきたぜ!いよっほほほほう!!」


フロントガラス越しの世界がぐるぐる回った。

視界もぐるぐる回る。

今自分がどっちを向いているのかもわからない。


「イシキついて来てるかッ!?」

「もう限界ッ!」

「ちょっとカネおろしてこーぜ!」


目の前に見覚えのある大きな塔と転生中央銀行のロゴ、黒服と警備員と銀色のスーツケースと現金輸送車が見えた。


「やーめーろおおおおおお!!」

「ハッ!」


幼女がハンドルをぐるぐる回転させ、白いファミリーカーは銀行玄関前のスロープを絶妙な角度で進入、加速して現金輸送車を斜めに飛び越し中央銀行のロビーを横切って、工事中の立体駐車場へ突っ込んでいく。



車止めのバーを突き破り、回廊をぐるぐる回って最上階へ。

工事中で柵がまだない屋上から、大ジャンプ!!

飛びすがら、この町一帯に広がる豪華な建物群と暗い下町が車内から一望できた。


車が落下し、車内に無重力空間が広がる。

お尻の穴から、その前あたりあたりがキュッとした。

「ひよぉぉぉぉぉ!?!?!?」

エスカランティスは変な声が出た。



「どこ行くんだっけ?ああわかった、近場の転生者の家だった!!」

車が地面に落下する衝撃もまるでなかったかのように、黒髪ねこみみの幼女は平然とシートの上に立ち続けた。


多少はシートのスプリングが軋んでその小さな身体を上下に揺らしたが、軽やかな身のこなしは鉄の塊と重力の引っ張り合いでさえも無効化するらしい。


代わりにコインケースの小銭や何かのボルト、カード類、説明書、ギア、車体を持ち上げるタイヤ修理キットのジャッキ、レンチ、バール、ハンマー、鉄球米俵に味噌醤油、石油の入った一斗缶ほか、車内のありとあらゆる重い小物がエスカランティスの体に降り注いだ。




ウゥーーーーーーーーーーー!……


ついに。

公然の幼女暴走行為に、赤いパトランプを回転させる二台の白バイが路地から急発進して追いかけてきた。


完全にスイッチの入ってしまっているけもみみ幼女はパトカー供の追跡をバックミラー越しにチラと見て不愉快そうな表情をわずかに緩ませた。


長年の付き合いがないと分からないような機微な表情の変化だったが、なぜかエスカランティスには、アリスがパトカーに追いかけられてコーフンしている様子が見て取れた。


エスカランティスは、この車から降りたいと強く思った。

アリスはどこから取り出したかわからないが、なんかの透明な酒瓶のフタを歯だけでこじ開けて、瓶ごとラッパ飲みしている。


「これはお水ですね」

「はい、これはお水です」


アリスとエスカランティスは互いによくわからない三文芝居をして、お互いに頷いた。

飲酒運転はやっちゃダメなのである。


「カぁーッ!腹の底からあったまってきたぜ!!コイツはいい水だ!」

「なあアリス!オレたちはどこに行こうとしてるんだ!?」

「テキトーなトコにあって、カネ持ってそうな転生者の家さ!!」


アリスは細い腕っ節でぐいと口元を拭った。


後ろからせまってくる白バイが「トマレ!」「ストップユアカー!」とがなりたててきてうるさかった。


それがうるさいからなのかそれともなんとなくだったのかは分からないが、アリスが飲みかけの酒っぽい水の瓶を窓から放り投げると、瓶はぐるぐると回転しながら、スコーン!!といい音を立てて白バイ隊員の頭に命中してバイクごと警官をひっくり返した。



漏れたガソリンに転倒の衝撃で火がついたのか、白バイは転んだ拍子に大きく爆発して道路沿いの焦点に突っ込み火災を起こす。

残りの白バイもペアの白バイがコケたほうを驚いて振り返り、慌てて前を向くも路駐中の別の車に全速力でぶつかってバイクごと吹き飛ぶ。


道路は大混乱の極みに達して無関係な車両同士がお互い左右に蛇行しながら正面衝突を繰り返し、そこへさらに、可燃物を満載した燃料タンクトレーラーが全力で突っ込んでいって、亜人だろうがけもみみだろうが無力で無気力な一般ニンゲンだろうが無差別平等に異世界転生させていくというショッキングな大量転生現場が発生した。



燃料を満載した大型異世界転生トラック(燃料タンクローリー)の運転手は、いつもいねむりうんてんしているのがこのせかいのじょうしきなのだ!



アリスは乗用車を大型燃料タンクローリーのすぐ近くまで寄せて、運転席でうたた寝しているであろう運転手中年男の耳元で大音量のクラクションを鳴らした。


驚いた運転手は慌ててアクセルを全開!

暴走タンクローリーは多くの転倒乗用車たちを弾き飛ばしながら、通り沿いにある名前もわからない転生者御殿、高級住宅街にあってプールと広い庭と大きな白い犬のいる邸宅に突っ込んでいった!!



なぎ倒される大理石の正門!

……生垣に使われる緑の木々がッ!!バラバラに砕け散るッ!!

犬が吠えッ!!

タンクローリーがッ!!勢いよく倒れこむッ!!

……重厚な作りの玄関が開きいてッ!!!中から人が出てきた…….ッ!!!


その顔は……!驚愕の一文字……!!!



端正な顔をした名前も知らない転生者は、汚れも知らなさそうな綺麗な顔を強張らせてタンクローリーの下敷きになりブチィィィィッとなった!!!!


異世界転生者は、異世界に転生したッ!!!!!





「じゃっ、あとよろしく!!」

幼女アリスがハンドルを離して颯爽と車外に飛び出す。

「え、あ!?」

車のアクセルをベタ踏みしているのはエスカランティスだ。

「ああああああああーッ!!!」

エスカランティスも慌てて車外に飛び出した。


接地した衝撃が体全体を襲い、ついで視界がぐるぐる回る。

三半規管が完全に麻痺してどちらが上でどちらが下かわからなくなっているエスカランティスの視界の中で、誰かが崩壊した転生者御殿に火のついたライターを投げ入れている様子が目に入った。


それは、けもみみ幼女アリスだった。



タンクローリーから流れ出したガソリンに蛇行しながら火がつき燃えていく炎のそれは、まるで赤い魔龍のようだった。


燃え上がる炎が黒煙を吐き、白く堂々とそびえる高級住宅を赤く燃やし尽くしていく。

炎のそれに照らされ、喜びとも悲しみともとれる表情のアリスはまさに、熱い想いを胸に秘める大悪党のようだった。


長くて黒い影が道路に伸びる。

エスカランティスはさらなる悪夢の予感がして胸騒ぎを覚える。


「私たち亜人からすべてを奪って、こんな家を作ってる転生者は全員敵よ」

アリスはきっぱりと断言した。



ドサリと、誰かが袋を落とす音が聞こえた。

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