第13話 幼女と目がイカれてるやべえやつ
アリスは亜人種ネコミミ族の生き残りであった。
次元と次元の間を漂うここパラミタ飛行大陸において、亜人種がけもみみ族であるのは特に珍しいことではない。
だがアリスは、首都圏LSより北に存在する極寒のヒナビタムラ地方においては、全亜人種の中でも珍しい種族だった。
金色に輝く長い髪。それも地肌にびっしりと生える毛皮は、良い調度品に使われる。
しなやかな四肢と伝統的な軽業をナリワイとするアリスのフユネコ族亜人村は、どちらかというと都市から離れた深い森の奥に存在する少数民族だった。
だが、転生者の転入と極端な森林開発が進むと、アリスたちフユネコ耳族の村は悪い亜人種たちの目に留まるようになる。
転生者に対する贈呈品として、黄金の毛皮細工として、フユネコ族の毛皮が使われるようになったのだ。
村は亜人のハンターに狩られるようになった。
もちろん村人たちは抵抗した。フユネコ族たちの特技は盗賊だ。
だが、ここであるフユネコ族の一人が致命的なミスを犯す。
狩に来ていた転生者の一人に、手をかけてしまったのだ。
傷つけられた転生者の怒りは、頂点に達した。狩りは、虐殺へと移行した。
そんなとき、虐殺現場周辺の村々で出生不明の遺児が教会や豊かそうな家の前に置かれる事件が多発した。
多くの子どもたちはその美しい毛並を見られてすぐに役所へと連れられて行った。だがそのうちの何人かは、置かれたときからあえて黒髪に染められていたので、その後のフユネコ族の毛刈りからも難を逃れたという。
アリス・テレッサは綺麗な黒髪の幼女であった。
ネコの耳。よく伸びよく動く小さい手足。
「何かをするには何かが必要だ。何かが必要といったら、絶対に何かが必要なんだ!必要なものはなんだってある、ここにないものは全部だ!じゃあそのないものは誰が持って行った?ぜんぶ、転生者が持って行った!」
「あ、ああそうだな。その通りだと思う」
半分瞳孔の開いた幼女の狂った言葉に、気の弱いエスカランティスは頷きながら同意の意を示した。
「あげたんじゃない、奪われたんだ!だがこの国のサツは無能だから、あげたのと奪われたの違いもよくわからない!狂った保守派の亜人どもも、自分たちのものが転生者に奪われる前に、自分からあげればいいなどとほざきやがる」
「あ、ああその通りだな」
エスカランティスはキレた目のちっこい幼女を見上げながら、こいつやべえという顔をした。
「税金だとか、義務だとか、選挙だ、法律だ、クソクラエだッ!!わたしは自由が好きなんだ、この国は元来自由の国だった。なのに転生者がきてから、この国は腐っちまった。わたしは愛国者だぞ!!」
「あ、ああそうだな」
「愛国者は国を愛している!わたしは国だ!!国はわたしだ!!誰もわたしの正義を止められないぞ!!正義なんかクソ食らえだ!クソだ!転生者のことを考えただけで無性にクソがしたくなってきたわッ!今からデッカいクソを奴らのワイングラスにぶち込んでその綺麗な顔をクソとワインだらけにしてやらないと腹のムシが収まらねェ!!!AAAAAH!!!!!」
犬歯を見せ獣のように吼える幼女がカウンターから飛び降り、ガタガタ震えるエスカランティスの胸ぐらとそこらへんにあった木の棒を掴んで勢いよく店の前に飛び出した。
店の前は細い道だが、いい感じのファミリーカーが一台だけゆっくり走行していた。
アリスがエスカランティスを車道に向けてぶん投げる。
ぶん投げられたエスカランティスが車道のど真ん中に飛び出してつんのめって倒れる。
車がクラクションを鳴らして急停車する。
すかさずアリスが運転席の窓を角材で激しくぶん殴り、席に乗っていた哀れなけもみみ運転手を血まみれにして外に引きずり出した。
「げっぁうっ!!」
「ンァア!?」
パパーッ!!!!
気絶した運転手けもみみを足蹴にして、幼女アリスが車のクラクションを激しく鳴らした。
エスカランティスはクラクラする頭を抑えながら、幼女の運転するファミリーカーの助手席に乗った。
「ドア閉めろ!シートベルトしたか!?わたしは交通ルールを守らない奴が死ぬほど嫌いなんだ!」
「ああしたよ。それでアリス、いまからどこにいくつもりなんだ?」
「テキトーな転生者の家に行って、テキトーになんでも持ってくる!!」
「バカ言え!転生者の家は警察や軍隊の厳重な警備があるんだぞ!!」
「じゃあその取り巻きどものクソ亜人種どもだ!わたし達は悩める弱者!プロレタリア!正義の使者だ!アクセル踏め!……おまえ、なんて名前だったっけ?」
「エスカランティスだ!!」
「ダサい名前だな!まるでどっかの隠れ人みたいじゃないか!」
意気込む幼女に命じられるまま、エスカランティスは車のアクセルを全力でベタ踏みした。
「ィヨッホォーッ!!!!」
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