第12話 幼女と貧乏スープ

部屋を見てあっけにとられているアリスを前にして、エスカランティスは得意そうな顔をした。


「見てみろ。この部屋はでかい上に、カウンターと商売道具の一式が最初からある。大きさは120ヘーベルで、カウンターにオレが入っても客が同時に20人くらい入れる大きさだ。これくらいの大きさだと立地によっては月に金貨1枚は必要になるくらいだが、ここの大家さんは優しい人でな、最初の月は家賃なし、次からも銀貨10枚でいいと言ってくれた。奥にはキッチンもあるんだぞ」


「これ、なんでこんなになっちゃったの?」

「火事だ」

「それは知ってるよ」


アリスは近くのカウンターを指でこすり、指先についた黒いすす汚れを見てげんなりした。

「燃えてる」

「そりゃあ火事があったんだからな」

「これ血だよ。あんた、なにか騙されてるんじゃないの?大家は何か言ってなかった?」


エスカランティスは特になにも覚えがなかったので、首を横に振った。

それを見てアリスはタハァーと息をつく。


「わたしのおにいちゃんならもう少ししっかりしてるわ」

「おにいちゃんおにいちゃん言うな!オレだって、オレの妹を探してるんだぞ!!」


「わたしだって自分のおにいちゃんを探してるわよ!こんなところで無駄足取らされるなんてごめんだわ!」

「むっ」


じゃあ出て行け、と一瞬言いかけたが、エスカランティスはその思いを留めた。

なんてったって、身寄りのない少女なのだ。

そんな少女を、こんな街中に放り出したらその後どうなるだろう?


「まあ、いい。腹でも減ってないか?」

「べつに」

「そう意地になるな。少しくらいなら作れるものもあるし」

「わたしに構わないでよ!」


目つきの悪いけもみみ幼女アリスがエスカランティスの手を振りほどくと、その拍子にどこかでおなかがキュゥゥゥゥーっと鳴る音が聞こえた。


アリスは顔を真っ赤にした。


「はは。わかったよ、いまから作ってくる」

「ま、待ちなさい!」


幼女アリスはカウンターの上にババーンと立ち上がると、えらそうに腕を組んでエスカランティスと同じ高さの目線をつくった。


「いい?この店のボスは今日からわたしよ」

「そう……なのか?」

「この店の表のメニューの売り上げも、店で売りさばいたドラッグの売り上げも、女を斡旋して稼いだあぶく銭も、これから全部わたしのものよ」

「後半の方は勘弁してほしいな」

「喫茶エスカランテには足りないものがあるわ。この店の看板メニューよね」

アリスはエスカランティスの苦情をガン無視した。


「今からこの店の、サイコーのスープを作りなさい。そしてわたしに味見させなさい。いいわね?」

「わかったよアリス。けどそんなに期待しないでくれよ」


「店の看板料理があればあとはなんとでもなるわ。この燃え残りのあばら家みたいな店だって、うまいもんさえ出せればあっという間にミシュランの三つ星レストランだ。自信を持て、パートナー」


アリスのかなり個性的な言葉を叱咤激励と受け止めて、エスカランティスは裏のキッチンに入った。


材料は、近所のレストランで分けてもらった豚スープの出汁ガラ……味のしない骨とくず肉と水しかない。






しばらくたって、エスカランティスの作った劇マズスープを一口飲んだアリスはまずなんらかの金目の仕事をしなければならないと。この町では初の、強盗ミッションを決意するのであった。

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