第11話 幼女と喫茶エスカランテ

『アリスの隠れ家 ラモーエスカランテ』


小さな店の門に小さな看板。

しかもどれも圧倒的な手作り感が溢れ出していて、雨ざらし。

単色の茶色ペンキ。

しかも看板は、まだ作りかけとはいえ圧倒的にダサい書き方で描かれていた。


センスなどない。それでもこれが、いまのエスカランティスの全力なのだ。

「なかなかいい名前じゃない?ねえ、なんでアリスの隠れ家だなんて名前にしたの?」

「ああ、アリスっていうのは、うさぎを追いかけて穴の中に落っこちちゃう有名な昔の女の子の名前だ。オレの店にも、いろんな人に来て欲しいなって思ったからな」


「ふぅん。転生者ってみんなそういう名前を使いたがるわね。そんなに有名なの?」

「あっちの世界で、アリスを知らない奴はいないんじゃないかな。そういえば、おまえの名前もアリス、だったな」


「わたしのおにいちゃんも転生者だったから」

「ふん。名は体を表すともよく言ったが、人前で暴言を吐く乱暴な女の子につける名前じゃあなかったな」

「わたしも、あんたなんかおにいちゃんとぜんっぜん似てなくてよかったーって思うわ」

「で、なんでうちに来たんだ?」

「あなたの店、しばらく借りることにするわ。あと名前もダサいから、『アリスの隠れ家』なんて消して、ただのエスカランテにしなさい」

「ダメだ。それだと妹がこの店を見つけられなくなる」


「はあ?なんでそう思うわけ?」



「わからん」

エスカランティスはしっかりと前を見据えて答えた。

「だが、そう思うんだ。よくわからんが、オレの魂がそう言ってる」

「ほーん?じゃあその魂の叫びってやつと、いまのあんたの命、どっちが大事かカラダに直接聞いてみようか」


ネコのけもみみ幼女はエスカランティスの胸元を下からグッと掴み上げ、低い身長の自分の目線までエスカランティスの顔を引き下げた。


なので、エスカランティスはネコ耳けもみみ幼女アリスの、下からの恫喝を大人の背筋を使って耐えた。

むしろ上に引っ張りあげた。


「うおっ!?だ、だめだろう女の子がそんなはしたないことしちゃあ!」

「むうー」


大の大人を下に引っ張り下げたはずの幼女が、逆に上に持ち上げられる格好になったので、幼女アリスは若干顔を赤らめちょっとだけはずかしがる。

だがそれを勢いでごまかすかのように、アリスはゲシッとエスカランティスの顔を踏んづけて前の方へと跳んだ。


「むぎゅっ」

「いい?今日からあんたはわたしの部下。とうぜん、この店も、わたしのものになるから!」

「それは……まあ、一向に構わないが」

「へえ?ずいぶんとあっさり認めたわね」


「道に迷ってる女の子を、そのまま見捨てるわけにもいかないからな。それに、なにか色々訳があるんだろう?」

「さっき言ったわよね!わたしはケーサツに追われてるって」


それを聞いて、エスカランティスはとても驚いたような顔をしてみせた。

もちろん幼い女の子の言うことなど、間に受けてはいないが。


だが幼女アリスの方はエスカランティスの反応に満足しているようだ。

満足そうにウンウンうなずきながらエスカランティスの用意した、作りかけの場末の喫茶店へと入っていく。

店に入る幼女の後を追ってエスカランティスも店に入った。

が、店に入って開口一番に幼女アリスが言った言葉が、エスカランティスを戸惑わせた。


「これが、店?」


「ああ。まあ。まだ、なにもない店と言ってくれ」

「ありすぎでしょ。ゴミが」


エスカランティスの店は作りかけどころか、少し前に小火があって店が立ち退いた場所。いわば、廃屋同然の看板すらないゴミ屋敷のような場所だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る