第10話 幼女と大脱走

バッバァアアアアアアァァァン!!!!


ヴォン!!

ヴォォオオン!!!


ハルヒコ、もといエスカランティスを壁際に追い詰めた大型トラックは、これでもかというほどエスカランティスの足元に肉薄しクラクションを鳴らした。


クラクションのの大音量が、内臓に響くの響かないの。

「どうしたおにいちゃん!タマナシになったら、トラックに驚いて逃げることもできなくなっちゃったの?!」


エスカランティスが答えられずまごまごしていると、大型トラックはアクセルとブレーキを交互にかけながらさらにエスカランティスの足元に迫ってくる。


開いた窓からモクモクと煙があがり、ガラの悪い幼女が完全に悪党の目つきでエスカランティスを見下ろしている。

いや、どことなくまだ幼さが見て感じられるところがさらに救いがない。


バタンとトラックのドアが開き、ついに幼女が車内から出てきた。

「ああん? おまえ、ほんとにおにいちゃんか?」

「と、突然車で轢いてくることはないだろう!?危なかったじゃないか!」

危ないどころかすでに轢かれかけている。だがエスカランティスは強気に出た。


「あたしのおにいちゃんなら、これくらいかんたんによけてるわ」

「お、おまえのおにいちゃんが誰だろうとオレはオレだっ!!オレがおまえに何かしたのか!?なにかの怨みでもあったのか!?」


エスカランティスは自分をひき殺そうとした幼女にしたから食ってかかった。


幼女はといえば、自分に下から食ってかかる一般人成人男性を軽蔑の目で見下ろしている。


その幼女の目つきが憎たらしいと、エスカランティスは強く思ったが同時に心の何処かになにか引っかかるものも覚えた。


「おにいちゃんだと?」

「ふん、人違いだったか」

「いやいや待て待て。オレも自分の妹を探している。オレには妹がいるんだ」

「へえ。で?」


人を舐めくさったような態度のけもみみ幼女に、保護者がこの子になにを教えたらここまでやさぐれるのかとエスカランティスは思った。


「名前はわからない。顔も覚えていない。人の世話が好きで、ドジっ子で、とてもかわいいたった一人のオレの妹だ」

「そう。わたしもおにいちゃんを探しているわ。けれどあんたみたいになよなよした頼りない男じゃなかった」


「それはこのシチュエーションに問題があるだけだろう!」

「でも名前は覚えてる。王土ハルヒコっていうの。あんた違う名前でしょう?」


うっ、とエスカランティスは言葉を飲みこんだ。

「こ、これはぎめいだっ」

「偽名?なんで?」

「オレは記憶喪失なんだ。ついでに言うとオレは転生者だ」

「ふーん」


けもみみ幼女が、エスカランティスを胡散臭そうなものを見るような目で見る。


「オレはここの喫茶店のマスターだ。ずっとこの街で店をやりたいと夢見てきたんだ。この店で、妹を見つけられればと思っててな」

「店があると妹は来るわけ?」

「わからん」


エスカランティスは幼女の言葉に断定で返した。


「妹はオレに、ずっと店をやって欲しいと言っていた。その時のメニューも覚えている。だからオレはここで店をやっている。オレのかわいい妹とオレとの繋がりは、この喫茶店だけだ」


エスカランティスの根拠のない笑顔と饒舌に、エスカランティスも久し振りに妹のことを強く思い出した。

その顔型も輪郭も覚えていない、たった一人の妹だ。どこかできっと生きてはいるだろうが、きっと今でもオレのことを覚えてくれているに違いない。


そういう根拠のないポジティブな想いが、エスカランティスに自信を持たせた。

けもみみ幼女の方はというと、エスカランティスの言葉に目を丸くしながら始めて子供らしい驚きと好奇心の入り混じった顔をしていた。


「な、なんだ?どこかに変なのでもついていたか?」

「んーん。ずいぶん立派だなって」

「ふ。だがおまえはどうなんだ?見たところ、身寄りもなさそうだが。あとこのトラックをどけろ。営業妨害だ」


「しょうがないわね、じゃあわたしも自己紹介してあげる。わたしの名前はアリス。アリス・テレッサ。職業は強盗よ」

「えっ」


ふわっさーと風がなびいて、幼女のいい笑顔とその髪の毛をさらさらと流した。

「わたし、強盗。いまは、おにいちゃんをさがしてだつごくちゅうっ!警察が大人しくなるまで、しばらくあなたの店に匿わせてもらうわね」


幼女がにたぁっと笑うのと反比例して、さぁーっとエスカランティスの顔面から血の気が引いていくのがわかった。

遠くから風に乗って、パトカーのサイレン音も聞こえる。


「え。うそ、だろう?」

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