第9話 幼女と大型トラック
その運転席には狂気が乗っていた。
いや、狂気どころではないのかもしれない。血の臭いに溺れた者特有のあの生き生きとした目が、地獄の淵で自らのオアシスを見つけた時のような、あの獣のような目。
事実、彼女はケモノだった。
ピンと立った二つの猫の耳。
目が獲物を見つけたときに見せる、一瞬見開かれるあの瞳孔。
興奮して引きつった口。
二本の犬歯。
「おにいいいちゃぁぁああああーーーんんんん!!!!!ンあーーーーーーッ!」
目を血走らせた狂気のけもみみ幼女が、大型トラックの運転席でなにか叫んでいた。
転生者ハルヒコ、あるいは転生者であることもほとんど覚えていないエスカランティスは目を見開いた。
とうぜん、自分に妹がいたかどうかも覚えていない。
「せいっ!!!!」
幼女がトラックのハンドルを大きく切る。
トラックの荷台が大きく傾き、タイヤが軋んでエスカランティスの方に倒れてきた。
「うおおお!?」
エスカランティスは体を思い切り脇へそらして避けたが、周りにいた通行人やエスカランティスを襲おうとしていたスラム街の亜人たちにとっては避けられたものではない。
「うおおおおおお!?!?!?」
「逃がすかあああああ!」
エスカランティスが逃げる方へトラックは方向転換し、エスカランティスが逃げる方向を変えるとそれを追いかけるようにトラックもエスカランティスを追いかける。
血走った目の幼女が。
口から唾を飛ばす幼女が!
大型トラックを運転してエスカランティスに迫る!
壁際に追い詰められたエスカランティスが、トラックがぶつかる直前にさっと身を避ける。
大型トラックが壁を突き抜ける!
罪なき強盗未遂亜人たちが宙を舞う!
「にげるなあああああああ!!!!!」
「逃げるわあああああ!!!」
幼女の運転する大型トラックが前輪をきしませ、まるで荷台をドリフトさせるようにしながら大きくその場回転(道路交通法)する。
荷台がその場回転(道路交通法)すると、反動で後輪側の荷台部が街並みを横薙ぎにしていく。
吹き飛ぶカワラ。
巻き込まれる亜人たち。
「いいのか!? これ以上逃げ続けると罪なき亜人たちがもっとひどい目にあうぞっ!?」
「お前が追いかけて来なければ済む話だろう!」
「お兄ちゃんひどい!おにいちゃんを追いかけて二年ぶりに出てきた妹に言う言葉がそれ!?」
ブォン! ブォォォン!! と大型トラックのエンジンを大音量でふかしながら、幼女は石造りの壁際までエスカランティスを追い詰めていく。
「は? 妹???」
「おにいちゃんのバカァー!!!!!」
幼女の悲痛な叫び声とともにトラックが大きな唸り声をあげ、タイヤ外径約1.5メートルの前輪がエスカランティスの頭の上に迫った!
危うしエスカランティス!
命きけんエスカランティス!
元ハルヒコ、いまはエスカランティスを名乗るダメ転生者は二度目の転生を覚悟して目をつぶる。
だが衝撃は来なかった。
気づけば幼女が運転する大型トラックは、排気ブレーキの制動時特有の甲高い排気音を鳴り響かせて、その場で止まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます