第6話 強盗幼女アリス

 気づいた時は、すべてが遅かった。

 トラックは納屋のような建物に激突し、五人の幼女たちはめいめいにトラックから派手に放り出された。



 まず最初にジョルジュMが消えた。

 荷台に乗ってベルトもつけず、ミニガンを構えていたのだから当然だ。彼女はトラックが納屋に衝突した衝撃でどこかへ吹き飛び、へんな叫び声をあげながら消えていった。


 次いで運転手の幼女ラマー。

 衝突の衝撃で窓ガラスを突き破り何処かへと放り出される。


「う、ううう……みんな、生きてる?」

 アリスが残った幼女たちに声をかける。


「な、なんとか」

 運転席の下側に潜り込んでいた幼女カチャーが声を上げる。

 エルフの幼女デイメア・マアは、衝突の衝撃で前のめりに突っ伏していた。


「クソッ、このまま納屋を突っ切って行けばヘリのところに行けるぞ」

「ダメだ、プランにしたがえ」

 アリスがデイメア・マアをトラックの外に押しのけると、続いて出てきたカチャーが咳き込みながら言った。


「クソプランにしたがえ。このまま道を進むぞ」

「プラン!? さっきの三人組を見ただろ!? あれはただもんじゃないぞ!」

「いいからしたがえ! このまま進むんだ」

 ゲホッゲホッと咳き込みながら、アリスとカチャーの言い合いにデイメア・マアが割って入る。

「ぼくも見た。あれは、転生者だッ」



 納屋の壁がガラガラと崩れて、先ほど見た三人組がとつぜん建物内に入ってくる。

「やあ。怪我してないかい?」


 崩落した納屋の壁の穴の向こうは、雪が降っている。

外はもう暗い。トラックの照明が壁を照らし、その反射で室内は明るく照らされていた。


「ここ、狭いね。ちょっと広くしようか」

 三人組の中央の青年が、二本の指を立てて軽く横にふるう。

 大破したトラックが自然に動き、アリスたち幼女の脇をふわふわと浮いて横にずれていった。


 青年がさらにすっと指を動かすと、宙に浮いたトラックがブオッと勢いよく壁を貫き外へ吹っ飛んでいく。

 吹き飛ぶ風の、なんと清々しいことか。


 青い瞳の青年は、金髪をなびかせアリスたちに微笑んだ。


 その圧倒的な魔力。

 しかも無詠唱で。

 魔法が使えなくてもわかる。この男は、転生者だ。



「さきほどこの近くで強盗があったと聞いたんだが、お前たち、何か知らないか?」


 魔法使いの青年に従う、甲冑を着込んだ長身の人物がアリスに問いかけた。


「その声は、女?」

「問おう。貴様らは、強盗のことを知っているな? 知らぬととぼけるなら、この聖剣オリハルコンの牙が容赦せぬぞ」


 不遜な態度の女騎士は、アリスの前で柄に手をかけた。



「ご、強盗? 知らないなあ、ねえマアちゃん?」

 アリスは大人に対峙した時に発動する「かわいらしいふつうの幼女」モードに入って隣にいる幼女に問いかけた。

 そう、アリスの「幼女モード」とは、だいたい自身のお兄ちゃんかそれに等しい大人と対峙した時に発動する、亜人幼女特有の護身術であった。


 なお、奥義は「子供らしく泣きわめいて暴れてごまかす」である。



 デイメア・マアはすでにどこかへと消え去っていた!


「あっあいつ!?」

「ねえお嬢ちゃん。ちゃんとお話し、してくれないかな。そうしないとおねえさんたち、お嬢ちゃんをこっわぁーいお巡りさんに連れて行かなくっちゃならなくなるんだよ」

「今ならまだ間に合うぞ。その奪ったカネをこちらによこせ」

 厳しい目つきの女騎士と、優しそうな修道士風の少女が代わる代わるにアリスを説得する。


「嫌だっ! 嫌だ!! これはお兄ちゃんと私が幸せに暮らすために、必要なお金なんだもん!!」

 目つきの悪い悪党アリスは、一瞬で幼女モードに切り替わった。

「そのお兄ちゃんが……」

 三人組の青年が口を開く。


「きみがそんなことをするのを、望んでると思っているのかい?」



「お兄ちゃんはかわいそうな人なんだっ!! みんなにいじめられてっ、お金もぜんぶ取られちゃって、それでもがんばってじぶんのおみせをつくるからっていっしょうけんめいはたらいてっ、お兄ちゃんにはおかねがひつようなんだっ」

「お兄ちゃんはきみが強盗するのを望んでいるのかい?」

「よくわかんないけどっ、おかねがひつようなんだって、いってたもん!」



 お金が大事なのは確かなことだ。

 アリスの兄は、新しく自分の店を立ち上げるために現金を欲していた。

 それをアリスが聞いて、なんだかよくわからないけど今すぐお金が必要なんだと解釈したのだ。


 アリスはねこみみの亜人である。

 ねこみみ族はこのパラミタ大陸の僻地で発祥した生粋の盗族であり、ねこみみ族は太古の昔から盗賊稼業を営んできた。


 それは、異世界転生者がここパラミタ大陸を席巻しあらゆる森や山を開拓していった現代でもそうであった。



「お兄ちゃんは、オカネがほしいって、言ってたもん!!!!」


 アリスは大事なところをすべてすっ飛ばし、要点だけを伝えた。

「ほう」

 転生者の青年は目を細め、まるでかわいそうな小動物を見る目でアリスを見た。


「う、うわああああああっ!」

 とつぜん背後で大きな声がして、カチャーが石のようなものを掴んで転生者の青年に飛びかかった。


 とうぜん、転生者は無詠唱魔法でカチャーの殴り込みを受け止め、見えない防御陣でカチャーを跳ね除けた。

「うぐっ!?」


「君たち二人は重大な罪を犯した。殺人、強盗致傷、脅迫に虚偽の通報と公務執行妨害。これだけの罪があれば未成年でも懲役は免れない。でも転生者特権で君たちが僕のパーティに入れば、厚生という名目で罪は免除される。ああ、いま僕に殴りかかってきた子はもうダメだね。転生者暴行は、未遂でも懲役系になる」


「アリス……逃げろっ。あたしはもうダメだ。そんな奴の言うことなんか、聞かないで逃げろっ」

 地面に叩きつけられたカチャーが、荒い息をしながらアリスに言う。


 遠くからパトカーのサイレンが近づいてくる。

 青年が、アリスに手を伸ばした。

「一緒においで。わるいお兄ちゃんのことなんか忘れてしまおう」


 差し出された青年の手に、アリスは思い切ってがぶりと噛み付く。

それも勢いよく。


 転生者は悲鳴をあげながら後ろに転んだ。



「調子にのるなよ転生者め! 私たちがこんなになるまで追い詰められたのは、みんなみんな、転生者のせいだっ! 私たちの森を燃やし、私たちから住む森と家を奪ったのも、ぜんぶ転生者のせいだ!」

 アリスは叫んだ。


 パトカーのサイレンがすぐ近くで停まり、物々しい装備をした警察官がフラッシュライトを手に持ち納屋に突入してくる。


 手には暴徒鎮圧用のショットガン。大口径のフルオートマグナムを持った亜人警察官もいる。

 めいめいに納屋の中を照らして周り、警察官の一人がアリスに光を当てて銃を向けた。


 アリスは観念して両手を挙げた。



「アリス・テレッサだな。転生者暴行罪の現行犯で逮捕する」

「!? 強盗は?」

「亜人に対する強盗なんて軽微なもんだ」


 ガチャリと、亜人警察官はアリスの両手に手錠をかけた。


 唖然としている三人組の転生者パーティに見つめられながら、アリスは大きくため息をついた。


 これで終わりかと、誰ともなしにつぶやく。

 死にかけのカチャー、闇に消えたほか三人のけもみみ獣人亜属たちを残して、獣人幼女アリスの物語はここで一旦終わりを迎える。


 雪が、降っていた。

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