第10話 足りないもの(1)
ここは、彼氏として怒っている想いを聞く必要がある。
「明日香、そんなに膨れてどうしたの? 頬が胸より大きいよ? 何が不満なのか僕が聞くよ」
「誰の胸がまな板ペッタンチーよ! ぶん殴られたいの!」
「殴った後の、言葉とは思えない傲慢さだね! 僕は君を気にして聞いたのに!」
「いつも、いつも、豊が過大評価されるのが気に喰わないの! 私が凄いのに、いつも後から豊が評価を全部持って行く! 私はどうしても認められないから怒っているの!」
明日香がそんな劣等感を持っていたとは考えもしなかった。
僕は普通に「明日香は凄い」と心から想い、側にいた。
だけど、明日香の胸の中は僕への劣等感が満ちていたのを知った。
なら、一番解ってあげるべき僕が明日香の怒りを解いてあげるのが責任だ。
深呼吸して、今まで培った経験の話術を使う。
「明日香、僕がいつも君の上を行くと語ったね? 自分で僕への不満を吐いた内容を振り返ってごらん。そこには僕よりも、自分自身を認めていない明日香がいるよ?」
「アレ? 私、そんな内容を語っていないよ? 豊の勘違いだよ!」
「君は確かに僕にぶつけてきたよ? 『どうしても認められないから怒っているの!』と。明日香は僕より遥かに運動神経が良い。美人だし、営業マンとして成績を残している。不満がどこにあるの?」
「そんなに冷静に説教しないでよ。ゴメンなさい。私が子供だったわ」と明日香が冷静になった。
明日香だけに当てはまるケースとは違う。
人間、誰だって「自分自身を認めない」を根に怒る人がかなり多い。特に精神年齢が幼い人間は自己愛が欠乏する。そこを渇望に変え大成するのがスポーツマン等の早熟の天才たちだ。
だが、大抵の場合、自己愛の欠如は気付かれないまま進み社会人になる。
結果、仕事でのミスで引き籠る。自殺、他殺等の犯罪へ走る。水商売にハマる。ギャンブル中毒に陥る等の形で噴き出す。
僕は精神保健福祉士の資格を持っている。
ケアのケースを嫌というほど見てきた。
結果、人の心理、心の病を扱うのはお手の物だ。
明日香の場合、自己愛の欠如が自己成長に繋がっていたと見抜いた。
だが、僕への劣等感の原因とも繋がっていた。
だから、簡潔に指摘をした。
気付けば自己愛はどの年齢からでも取り戻せる。
自分を愛せるのはどの世界、どの宇宙、どの次元広しといえ、自分だけだから――。
明日香を褒める手段で、自分が愛すべき良い点を明確にしてあげる。
それも経験からきた対処法だ。
明日香は怒っていた表情を和らげ、普段の彼女に戻った。
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