第9話 経験とは?(2)

 次は僕の番だ。


 僕は変な経験が多いから、経験血を測定する機会に遭うのは良しと思わない。


 明日香にも僕の過去を語っていないからね。


 だから、少しでも過去がバレない形で、測定されたら良いなって思う。


 測定球儀の上に右手を置く。


 明日香と同じで、測定球儀内を満たしていた黄金色の液体が激しく巡り始める。


 そこまでは良かった。


 激しく巡っていた黄金色の液体が僕の経験を読みとる。


 すると、激しさが増す。


 激しさは加速していくいっぽうだ。


 留まるところを知らない。


 受付嬢も異変に気付いた。


「右手を放して!」と危機迫った声が閑散としたギルド内に響く。


 僕は声に反応して咄嗟に右手を引いた。


 だが、手遅れだった。


 加速していた液体は測定球儀内を暴れ回る。


 勢いがつき過ぎて、遂に、球儀が轟音をたてて炸裂した。


 激しい炸裂音が冒険者ギルド内に響く。


 明日香が咄嗟に背を屈めるように庇ってくれた。


 だから、怪我はなかった。


 測定球儀を壊してしまった。


 弁償しなくちゃ駄目かな。


 無一文の僕は「ごめんなさい」と後ろ頭を掻いた。


 ゆっくり立ち上がると、受付嬢は真剣な表情で、書きかけの名刺を眺めていた。


「ごめんなさい。測定球儀を壊してしまいました……」


「測定球儀を壊すよりも、この名刺に書きかけの文章が大切ですよ! なんですか、この出鱈目(でたらめ)な経験は! 生前よりも生後の経験があり得ない! どんな人生を歩んだら、こんな濃密な経験を歩めるのですか! とても一六歳の経験とは考えられない!」


 実際は三十五歳だから、相応の経験を積んで当たり前だと思う。


 でも、僕の場合は普通の人とは違う人生を歩んでいるから――。


 当然、出鱈目な経験になるのは予想がついていた。


「僕、どんな職業が向いています?」


「書きかけで判断が難しいです。でも、ここまで圧倒的な経験をお持ちなら、どんな職業でも就けますよ。あなたはどんな職業を希望されますか?」


「明日香が前衛なら僕はサポート向きな職業が良いです。後衛の職業はありますか?」


「ありますけど……。あなたなら資格習得が難しい召喚士などどうでしょう? 『古の職業』と呼ばれる力に興味はありませんか?」


「折角、力があるのなら、僕は召喚士の職業に就くのを希望します」


「エクセレント! 素晴らしい返事です! あなたなら就けると願い斡旋します。では、敬虔豊様には職業『召喚士』のギルドを斡旋させて頂きます! 本多明日香様はどうされますか?」


 明日香は僕の右横で頬をハムスターの如く膨らませて可愛らしく怒っていた。


 この怒りかたは、何か文句ありの表れだ。

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