第4話 少しの希望(1)

 僕の腕時計で計算すると一時間は歩いた。

 

 叢の中をあてもなく歩く、緊張感といつ、どこで、また命が危機に晒されるか解らない緊張感は僕たちの心を刻々と蝕んでいった。

 

 明日香にはかなり無理のある旅だと表情を見て解った。

 

 いつも不真面目でニコニコしている笑顔の明日香が真顔だ。その上、歩く足すらおぼつかない。

 

 僕の右手を掴んだ明日香の左手は酷く冷たかった。


「休憩しよう」と話してあげたい。

 

 だが、ここで時間を採ると、森の中で夜を過ごす。


 そうなれば、危険に満ちた世界が僕たちを迎える。


 結果、明日の暁は見えないと確信があった。


 だから、僕は明日香には悪いと感じながら歩を進めた。


 加えて進む時間は三〇分――。


 叢がなくなり、少し開けた小道に出た。


 明らかに人間の手が加えられた小道だった。滑車が通った後と馬の蹄の後も解った。それも出来て時間がそう経っていない。つまり、この小道は「使われている道」だと確信が持てた。


 辛労が限界にきていた明日香には最高の知らせだ。


「明日香、ここにいれば人が通る可能性がある! だから、待ってみよう! 希望が見えてきたぞ!」


「本当? 嘘だったら、破局だからね」


「代償がそこまで重かったら何も言えない!? 頼むから破局以外で罰を決めてよ!」


 明日香が冗談を言えるまで膝を突き合わせて話をした。


 結果、明日香の心は笑顔が見えるまで戻った。


 笑顔が見えない時、人間の心は本当に辛い時だって知っているから――。


 明日香と背中を合わせて座り込んで、馬車か、人が通るのを待つ。


 太陽が夕陽に変わり、木漏れ日が紅に染まる。


 これは期待したのが間違いだったかな?


 期待が後悔に変わり始めたその時、森の奥から木製の滑車が軋む音が聞こえて来た。


 一番に動いたのは明日香だった。


 元気に立ち上がると跳ね回りながら、大声をあげた。


「停まって下さい! 私はここにいます! だから、停まって下さい! 助けて下さい!」


 完全に僕を抜いている部分が気にかかる。


 だが、明日香が元気ならそれだけでじゅうぶんだ。


 ゆっくり立ち上がって僕も声を出す。


「もしかしたら、言葉が通じないのでは?」


「人間以外の種族だったらどうしよう?」


 様々な負の面を考えてしまう。


 だけど、ここは懸けに出る以外方法はない。


 僕と明日香を救ってくれる者なら何だって良い!


「「助けて下さい!!」」と声を揃えて腹の底から叫んだ。

 

 夕陽が木々の隙間から差し込み、馬車を暗闇から浮かび上がらせる。


 騎手は四十路後半のおじさんだった。麻の服に紺の半袖を羽織った、見た感じ、職人気質な人だった。

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