第2話 異世界召喚(2)

 後ろ向きに捉えたら実現するぞ。前向きに考えろ。


 僕が自分自身に言い聞かせた瞬間、じれたスライムが先に動いた。


 一メートルある体躯をグニャリと細長く変形させ、明日香に狙いを絞って飛びかかってきた。


 スライムの癖に女の子を狙うとはふざけているな。


「明日香、走れ!」


 即座に声を発した。


 でも、明日香は動こうとはしなかった。いや、できなかった。

 

 命を狙う者の放つ、本当の圧迫感と自身の小ささに負けたんだ。


 僕は動ける。


 僕は命のやり取りをするのが、今までに何度もあったから――。


 右横に立っていた明日香をスライムが捕食する前に、明日香の腰に飛びついた。


 目が覚めるミントの香りがした。明日香の独特な香りだ。同時に柔らかい女性特有の肉付きの良さを実感した。


 そこまでは良い。


 次の時には、地面に激突する衝撃と痛みを味わった。


 口の中を切ったな。鉄の味が口内に広がる。


「明日香、大丈夫! 動ける!」


 必死に血生臭い口を動かす。


 でも、明日香の目は焦点が合っていない。


 虚空を見て、強い意志がある普段の明日香とは違った。


「しっかりしろ! 君がいないと、僕の人生、意味がなくなるだろ!」


 明日香の左頬を右手で強く打った。


 すると、明日香は苦悶の声を漏らした。同時に普段の意志の強い眼をした明日香に戻った。


「私、いったい……。って、なんでこんな時に私を押し倒しているの! この変態! スケベ! いつもいつも時と場所を考えてってお願いしているでしょ!」


「不可抗力だって! 感謝されても叩くなんて酷いよ! 止めて、止めて! 叩くならスライムを叩いてよ!」


「どきなさい! さもないと、もう二度とエッチさせてあげないから! この無駄なところだけ経験豊富な馬鹿!」


 ご乱心になった明日香は僕の股間に渾身の右膝蹴りを叩きこんでくれた。


 こんな女を助けた、僕が間違いだった。


 睾丸が一個潰れた……。


 マイ・サンがサムズアップとは違い、ギブアップと叫んでいる際、後方から嫌な気配を感じた。


「豊、変なのが近づいて来てるって! アッラーに礼拝するのはやめて助けてよ!」


 君が礼拝させている張本人なのですがね!


 何とか生まれたての小鹿の如く立ち上がる。


 目に入ったスライムは完全に僕たちを捕食しようとしていた。


 動きは思った以上に素早い。叩いたりしたらその部分から溶かされる。スライムとの距離は二メートル。今から駆けだしても遅い。絶対に、捕まる!


 今、持っている持ち物でなんとかする以外、この窮地を逃れる術はない。


 意識が不可抗力に自分がスライムに「溶かされる」姿を想像させる。


 僕もあの軟体液に閉じ込められて、溶かされる?


 絶対に嫌だ!


 僕は、明日香と家庭を築く夢を叶えると決めている!


 夢を叶えるまで明日香と一緒に生きる! 


 絶対に死ぬのは御免だ!


 強く生を渇望したその際、頭に一つの案が閃いた。


「明日香、スマホをスライムに向かって投げろ!」


 僕はダボダボのスーツの胸ポケットに入れてあったスマホを取り出す。


 そのまま迷いなくスライムに向かって投げつけた。


 明日香も僕に続いて、スマホをスライムに投げつける。


 スライムは「身体に触れた異物は全て体内に取り込む習性があるのでは?」と憶測を立てた。


 その憶測が成り立った上での行動だ。

 

 憶測通り、スライムは身体に当たった僕たちのスマホを体内に取り込んだ。

 

 スマホはスライムの体内で溶けて行く。

 

 だが、ある程度溶けるとスマホから火花があがった。


 続きは一瞬だった。


 スライムの身体を紅蓮の炎が包み込む。


 活動的だったスライムもこれには驚いた。


 僕たちめがけて進んでいたが、その場に停まって、スマホを吐き出そうと粘液を放出し始めた。


 だが、肉体の隅々にまで炎が及んでいた。


 スライムは抵抗虚しく、焼死した。


 最後の最後まで激しく抵抗をしていたが、こと切れるのは呆気なかった。


 大地の上に油をぶちまけたみたいに、炎の海が目の前に広がっていた。

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