経験値だけで生きて行きます!

京極コウ

第一章 プロローグ

第1話 異世界召喚(1)

「明日香(あすか)、危ない! 右に避けろ!」


 場所は木漏れ日が優しく差す、穏やかな森の中。


 僕、敬虔(けいけん)豊(ゆたか)は恋人、本多(ほんだ)明日香(あすか)に危機迫った声で叫んだ。


 ここは地球上にあるどの森とも違うのは判断が着いた。


 理由は簡単だ。僕たちを襲ってきたのが、ゲームでお馴染みの軟体魔物(モンスター)「スライム」だからだ。


 スライムが生きている森林は、地球上にはない。


 僕は幼い時から今日に至る三五年間、ゲームに触れてきた。


 だから、スライムが地球上の生物ではないと即座に判断がついた。


 だが、明日香はゲームが嫌いだ。

 

 僕と恋仲になってから三年経つ。趣味はスポーツ。特にバレーボールが大好きな二五歳だ。


 僕も一緒にバレーボールを嗜んでいる。明日香の運動神経の良さは特筆すべきものがあった。


 瞬間的な判断で、スライムの飛びかかりを明日香は華麗な横へのステップでかわした。


「豊、いったい何の冗談! いきなり、森の中に出たと思ったら、気持ち悪いベトベト生物に襲われるって最悪よ! それにあなたはどうして若返っているの! どうみても一六歳の高校生よ!」


 それは君だって同じだ。


 僕の右横に立つ明日香はどう見ても一六歳の女子高生だ。

 

 現状は最悪だ。

 

 冷静に考えろ。

 

 このどうしようもない状況で、明日香と共に生き残る手段を考える必要がある。

 

 まずは、状況を整理しよう。

 

 僕と明日香は同じ企業に勤めていた。

 

 社内でも「美男美女カップル」、「ダンディな豊と可憐な明日香」と評判な社内公認カップルだ。

 

 一昨日から同棲も始めて、今日は二人揃っての初出勤日。

 

 地下鉄に乗って、会社の最寄り駅で降りたら森の中に立っていた。

 

 明日香は最初、気が動転して泣いた。

 

 だが、僕が冷静だったから、直ぐに泣き止んでくれた。

 

 二人で話をして、「森を出よう」とまとまった際、叢からスライムが襲いかかって来た。

 

 今はスライムと僕たちが睨み合いをしている状態だ。

 

 敵対しているスライムは、ライトノベルやゲームに登場するスライムに比べると、可愛げは一切ない。青みを帯びた身体からは激しい敵意を感じる。時折、呼吸をしているのを意味する気泡が一メートル四方の体内に浮かび上がっていた。

 

 スライムは捕食した者を骨一つ残さず溶かし、自身の栄養分に変える特性があると本で読んだ。

 

 この世界が僕の考えた通りの世界なら、逃げるのが一番正しい手段だ。


「明日香、走れる? 僕が合図をしたら全力でスライムとは反対方向に駆けてくれ。こんな奴と今、命を賭(と)して戦うのは無意味だ」


「悟った口調ね。何か解ったの?」


「君に教えている暇はない。今は唯、僕を信じて走って欲しい。必ず、君を守って見せるから」


 明日香が不安にならないように語尾を力強く言い切る。


 確信なんてない。


 唯、地球人が日々、絶え間なく妄想し続けた内容が現実になって僕たちの身に起きた。


 そう考えないと、現状を説明できない。それに、もし違うのなら、僕自身が発狂しない保証はない。


「大丈夫」と自分自身に言い聞かす。


 生暖かい風が汗ばんだ頬を撫でた。緊張して思ってもいないほど汗を掻いていた。鉄の臭いが混ざった嫌な風は、この後に不運な事態が控えていると知らしているみたいで嫌だった。木々の葉が擦れて、僕たちをせせら笑っているみたいに聞こえた。

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