第18話とうもろこし

おれが狩人であった頃は、久しく家へ帰った際に、おまえと夜の森を一緒に歩いたものだった。もう、数十年も昔のことだ。


 東国の夜の森には、たくさんの夜光虫が眩いくらい飛んでいて、それだけでもたいへん奇麗だけれども、このように月の出ない夜ならば、さらに夜光虫の輝きが際立って、まるで遥かな銀河を自由に歩き回るような気分だった。


「奇麗だね」


 ああ、奇麗だった。おまえと夜の森を歩きながら、時にはくだらない冗談を言い合って、時には森に泉の畔

ほとり

で静かに身を寄せ合って―――、それで充分だった。


「あぁ―――」


 しかし、おまえは別れてしまった。どうしようもなく失われてゆく温もりを、おれは必死に抑えようとして、おまえの嫋やかな手を握りしめた。


「ガルム―――」


 それからおれは夜の森を、ずっと独りで歩いている。



 ネリが目を覚ます数時間前、


「ここか」


 ガルムは夜の森のある場所で足を止めた。あたりに目立つものは特にない。しかしガルムは確かに、ここしかないと感じ取った。


 ガルムは腰に備えた剣を抜き、両手で高く持ち上げた。そうして目を瞑り、息を大きく吸って、吐いてから、


「ふんっ!!」


 思い切り何もない空

くう

を切りつけた。その瞬間、影すら出来ないほどの激しい閃光が森を照らした。やがて光が収まると、今までそこにいなかったはずの不気味な生物と、逃げ回るネリの姿があった。


「ネリ! こっちだ!!」


「おじさん!!」


 ネリはガルムへ一目散に駆け寄った。そうして息を絶え絶えにしながら、


「逃げなきゃ、あいつ剣が効かないんだ!」


 ガルムの体を引っ張った。しかしガルムは先刻

さっき

の通り両手で剣を握ったまま、


「逃げなきゃって言ったって、破れないはずの封印魔法を破っちまったからな。アイツは殺さねぇと永遠に追いかけてくるぜ」


 ネリを落ち着かせようとした。しかしネリは落ち着くどころか慌てるばかりで、


「じゃあ、どうすれば・・・」


 今にも泣きだしそうな顔になった。それを見たガルムは、ふっと微笑んで、


「簡単なことだ、おれがアイツを斬り殺す」


 ネリの頭を優しく撫でた。そうしてガルムは前へ駆け出した。



 それからの出来事をネリはよく覚えていない。ガルムがガス状の生物のあちこちを切りつけて、体が散り散りになったところを、剣で大きく切りつけると、物凄い閃光が起こった。ガルムが不気味な生物を退治してくれた。そして自分は寝室で目を覚ました。これらは全部、夢だった―――とネリは解釈している。


 が、その後にネリの知らないこんなやりとりがあった。


「すごい・・・! おじさん、どうやったの!?」


「ハッハッハッ、デスティニーソードを極めりゃこうなるのさ」


「なぁ! 冗談言ってないで教えてくれよ!」


「ああ、いいぞ。だけどな、その前にちょっといいか」


「うん、どうしたの?」


「おまえの記憶、ちょっと改竄させてもらうぞ」


「え・・・」


 ガルムはネリの頭を優しく撫でた。するとネリは、急に瞼が重くなって―――ガルムが優しい微笑みを見たのを最後に意識を失った。



「・・・おまえは朱いドラゴンと、ここでの出来事を、すべて忘れる」

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