第17話 とうもろこし

「おい・・・ネリ・・・!」


 ネリの朦朧とする意識がやっと判然とした輪郭を捉えると、ガルムが顔を近寄せているのが分かった。


「ここは・・・?」


 辺りを見渡すと場所はネリの寝室に違いない。が、ネリの記憶する先刻

さっき

と比べると、窓に臨める外の景色があんまり暗かった。


「まぁ、まてまて、動くんじゃない。おまえは朝からずっと気を失っていたんだ」


「気を失っていた・・・?」


「ああ、きっと精神

こころ

にひどい衝撃を受けたからだろう」


「ひどい・・・衝撃・・・」


 ネリは天井をぼんやり仰いだまま、朝のことを思い返した。―――ひどい衝撃? やがてその衝撃の正体が何であるかを悟ったネリは、急に胸が苦しくなって、ガルムの手前であるのに、顔を真っ赤にして泣き出してしまった。


「ああ、どうして、どうしてあの時、炎に焼かれてでもアンの手を掴まなかったのかなぁ・・・!」


 ネリは必死に顔を隠そうとした。しかし腕がもう鉛

なまり

のように重くって、やっぱりそのまま泣いていた。ガルムは何も言わなかった。寝室はしばらくネリの泣き声と窓を当たる雨音だけだった。


 数分の後

のち

、ガルムはネリの気持ちが落ち着いたのを確かめて、


「とにかく、おまえの意識が戻ってほんとうに良かった」


 そう言い残して寝室を出ようとした。ところへ、


「朱

あか

いドラゴンを見たんだ」


 ネリが独り言のような声をかけた。するとガルムはそこに立ち止まった。のみならず、驚愕とも困惑とも片付かない、曖昧な表情を見せた。


「おれは帝国兵に首を貫かれたはずだったのに、いつの間にか闇のなかにいて・・・それから不気味な生物に追いかけられて・・・」


「きっと悪い夢を見たんだ。母さんに何か目が覚めるモンを作ってもらってくるから・・・」


 寝室の扉をぴたりと閉じると、ガルムは深い息を吐いた。そうしてから、灯りのない屋敷の長い廊下をゆっくりと歩きだした。

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