第19話 とうもろこし

 ネリを看取ったガルムは、ヌーファスを待たせてある応接室に入った。すると部屋の中は煙草の煙でいっぱいだった。ヌーファスは机にくたびれていて、酒もだいぶ飲んだらしい。ガルムはヌーファスの対

つい

に座って、


「煙草に酒って、どうした? 死にたくなったかい」


 と声をかけた。するとヌーファスは重そうに体を起こした。


「ああ、そうかもな」


 そうして煙草の吸殻を、皿の上に叩いて落として、


「ネリを救ってくれたの、おまえなんだろ」


 と言った。


「知ってるのか」


「ああ、エルフの森の出来事は何でもおれの耳に入るのさ」


「さすがは領主様だな」


 ヌーファスは皿に煙草の火を消して、コップに注いである酒を口へ持っていきながら、


「ガルムよ、おれは感謝してるんだ。ほんとうに、ほんとうにありがとう・・・」


 泣きそうな声でそう言った。


「おい、さすがに飲みすぎだ」


 ガルムがそう言ってヌーファスの握るコップを取り上げようとすると、ヌーファスはその手をひょいと避けて、


「なるほど Destiny とは "運命" という意味か」


 と言った。この時やっとヌーファスはガルムに目を合わせた。


「どうしたヌーファス、遅めのそーゆー時期か?」


「おまえとネリで決闘したろう」


「ああ、したな」


「東国の最強の剣士を、ネリが追い詰められるはずがない」


「じゃあネリが西国の最強だったんじゃないか?」


 ガルムはそう言って笑ったが、ヌーファスは急に声音

こわね

を低くして、


「ガルム、確かに昨日この部屋で『始祖竜のペンダント』を所持すると運命を夢見る力を得る―――、そして複数を所持すると更に強大な力を得られる―――、と言ったな」


 そんなことを言いながら、また口に酒を運んでいた。


「長年の旅の目的が手に入ったんだ、そりゃ自慢もしたくなるさ」


 ガルムが相変わらず冗談で話を済ましていると、ヌーファスはその手に握ったコップを突然、テーブルに叩きつけて、


「本当はおれと出会うより前から『始祖竜のペンダント』を持ってたんじゃないのか?」


 部屋がまったく静まり返った。ガルムは少なからず驚いて、なにも応答できなかった。


「おまえは他の『始祖竜のペンダント』を集めるために、ずっと昔にこの里へ訪れて、おれと仲良くして、ネリを決闘で良い気にさせて、アンを魔導士に攫わせて、ネリをあんなバケモンに変えて―――、全部おまえが『始祖竜のペンダント』を集める運命を辿っているってだけじゃないのか・・・!」


 ヌーファスは物凄い剣幕でガルムを睨みつけていた。対するガルムは、やっと不真面目な態度を取り払って、


「勘違いをするなヌーファス。おれはヌーファスを心の底から親友だと思っているし、ネリもアンも我が子のように大切に思っている」


 と説明したが、ヌーファスはついに声を荒げてこう言った。


「聞かれたことにはっきり答えろ! お前は『始祖竜のペンダント』を最初から持っていたのか、持っていなかったのか!!」


 ヌーファスは思わず席を立ちあがっていた。のみならず肩で息を切らしながら、宿敵に向けるべき眼差しをガルムに向けていた。


 しかしガルムは、ヌーファスの沸騰するような様子に対して、まるで凍結したように冷静で、


「ああ、持っていたよ。いまはアンと一緒に、魔導士ノバに奪われているが」


 とあっさり答えた。


「みんなを大切に思っているのは、本当だ。でも動機はヌーファスの言った通り『始祖竜のペンダント』を集めたいからに違いない」


 答えを聞いてしまったヌーファスは、もう、なんでも白々しいような、馬鹿々々しいような気持ちになって、


「ああ、じゃあ、やっぱり、おれらの友情も何もかも、全部おまえの茶番だったってことかぁ・・・」


 いつの間に空

から

っぽだったコップを握りしめて、涙をぼろぼろと溢

こぼ

した。


「ヌーファス、ネリを旅に連れて行かせてくれないか」


「ああ・・・もう勝手にしろ。どうせ断っても、この里のみんなを皆殺しにしてでも連れて行くんだろ・・・」


「・・・ヌーファス、本当にすまないと思っている。おれは、ヌーファスがこんなにも優しいから、数多の運命のなかで、おまえと親しめる運命を選んだんだ」


 泣き止まないヌーファスを後に、ガルムは席を立って応接室を出ようとした。


「おい、最後にひとつ聞かせろ」


「どうした」


「おまえの運命じゃ、ネリもアンも、この里も無事なのか」


 ガルムはこの問いに対して、


「無事だ、約束する」


 と即座に答えた。そうしてヌーファスとしばらく黙って目を合わせた。後

のち

に、ガルムはこんなことを口にした。


「おれは夜の森を、ずっと独りで歩いている」


「ハッ、どうした? 遅めのそーゆー時期か?」


「独りで歩くのが苦しいから、『始祖竜のペンダント』を集める旅をしている―――決闘の後に言っただろ、これが真面目な話の内容さ」


「よく分らんがな、おまえ、明日ここを出てったら、二度とこの里に現れるな」


「わかった、そうするよ」


 ガルムは応接室を後にして、キッチンに向かった。ネリに目が覚めるモンを持っていくのをすっかり忘れていたのだ。―――目が覚める・・・。ガルムはネリに、確かに記憶魔法を、しかもことさら強力なものをかけたはずだった。が、ネリは朧気ながら失ったはずの記憶を有していた。そしてそれは、ガルムの知る運命を逸脱した出来事だった。


 もしかすると、朱いドラゴンの存在が運命を大きく変えてしまうのかもしれない。ならば、ネリもアンも無事では済まないかもしれない。


「ヌーファス・・・ネリもアンも、必ず無事に帰すから・・・」


 廊下の窓から月明かりが射していた。いつの間にか雨は止んでいたらしい。



 次の日、ガルムは元気を取り戻したネリにこう伝えた。


「おれのドラゴンに乗ってアンを救いに行くぞ。まず、アンが攫われた方向を調査して、その後、大国スキプの属国、ゴーラに飛ぶんだ」

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