第2話 みけぽち

「ネリ、もう諦めたら?」

「いや大丈夫。いける。僕なら、これくらい……!」


 アンは、応接室の扉にへばりついてどうにかガルムとヌーファスの会話を盗み聞きしようとしているネリを呆れたような目で見た。

 ここからは大人の話だ、と二人とも隣接する居間へと追い出されたのだ。


「何よ、そのコップ。それでどうやって聞くっていうのよ」

「前に隣のおじさんから教えてもらったんだ。『これで大人の会話が聞けるぞ』って」

「ろくでもないわね。大人ならもう少しまともなこと教えてくれればいいのに」


 コップの底を扉側に押し当て、空洞に耳を入れるようにして必死に音を探すネリを尻目に、アンは暖炉に近付いた。その手に握られた鍋からは微かな湯気とともに良い匂いが立ち上る。

 もうすぐ昼食の時間だ。そっと金網の上に載せて木べらでかき回しながら、台所でパンを焼くネリの母親に向かって叫んだ。


「あばさぁん、お腹空いた」

「はいはい。もうすぐできますからね」


 返事とともに、香ばしいかおりが鼻孔をくすぐった。


「ネリもご飯食べるなら手伝ってよ」

「アンって僕よりこの家の住人らしいよね」


 肩を落としながらコップを机に置き、深皿を棚から取り出した。

 母親が焼き立てのパンを片手に居間へ現れ、ころころと笑い声を立てる。


「アンはあなたの妹みたいなものでしょう?」

「僕と一日しか変わらないんだからどちらかと言えば双子じゃなくて?」

「そうね、どちらにせよ大事な家族に変わりはないわ。さぁ、いただきましょう。きっとあのお二方はまだまだ時間がかかるでしょうから」


 温かいスープとパンを食卓に並べ、祈りを捧げた。

 ネリはふかふかのパンを少しづつちぎりながら応接室の扉を何度も横目で見た。

 今か今かと待ち侘びながら、固く閉ざされたままの空間に思いを馳せる。


「ネリ、よそ見ばかりしてるとこぼれるわよ」

「あ、うん……」

「なに?そんなにおじさんが気になるの?」

「ネリは本当にガルムさんが好きなのね」

「うん!そうなんだ。おじさんの話は本当に素敵で面白くて、まるで僕がその場にいるみたいに」


 その時、彼の胸に言いようのない感情が沸き上がった。


「……そうか。行けばいいんだ」

「は?どこに?」


 アンが不思議そうな顔でネリを見た。


「僕、おじさんと一緒に旅に出るよ!」


 アンの手から、パンがぽとりと落ちた。

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