21話 聖女と侍女
翌日、パラムの街の浄化の儀式は予定通りその日の午後から始まった。
儀式は数年前にこの街で粛正が行われた広場で行われた。
それはつまり、この場所で多くの人々が聖火の薪としてその命を文字通り燃やされたということであり、そんな場所から瘴気が発生しているというのはまるで死者の怨念を表しているようにすら感じる。
広場の中心嘗てこの街の領主が燃やされた場所にイズミは儀式の衣装を纏って立ち、遠巻きに広場を取り囲むように騎士が警戒の為歩哨として立っている。
警護の騎士の中で一際、見渡しのいい建物の屋上でカイルはイズミを見ていた。
この広場で死んだ領主はちょうどイズミと同年齢くらいの少女だったそうだ。
彼女は磔にされ、罵声を浴びせられ、聖火の炎に包まれ見えなくなるその最期の瞬間まで決して涙を見せることなく微笑んでいたという。
彼女がその凄惨な最期に何を想っていたのかはカイルにはわからない。
あの老人から最期に託された想いはその少女の想いでもあったのだろうか。
「何を想い悩んだ顔をしているのですか?」
唐突に背後からかけられた声に後ろを振り向くこともなくカイルはイズミから視線を逸らさずに答える。
「…想い悩んでなどいない。ただ、ここで死んだ者達のことを考えていただけだ。其方こそこんなところに何の用だ、イリーナ」
声をかけてきた小柄な女性はイリーナだった。
騎士が警護の為にあちこちに立っているというのに侍女の格好をしたままのイリーナが何故こんなところにいるのか。
先の襲撃によって普段よりも警備レベルは各段に高くなっている。
イリーナの隠密能力は自分が思っていた以上に高かったのかとカイルが内心で感心していると
「誤解のないように言っておきますが、私がここにいるのはアルティメス騎士長からイズミ様が倒れた際に迅速に容態を見るように仰せ使っているからです。」
なるほど、どうやらきちんとした命令で動いていたようだ。
儀式を行うイズミ様見たさで忍びこんだのかと思ったがどうやら物騒な勘違いだったようだ。
妙な罪悪感のような申し訳なさをカイルは感じ、謝ろうかとも思ったが
「まあ、ここに来るのに周囲の騎士の皆さんは全く私に気づかなかったご様子ですが。」
続いたイリーナの言葉に口を開くのをやめた。
結局忍び混んでいたのなら命令を受けていようが不審者扱いでもいいのではなかろうか。
しかし、ここまで隙間なく配備されておきながら誰一人として気づかないというのは護衛として最悪である。
カイルの中で近衛騎士の再教育計画を実行すべきだという結論が今成り立った。
「騎士の皆さんにはもう少し実力を上げていただかなければイズミ様の護衛を任せられませんね」
「…返す言葉もないな、騎士長に徹底的に調練を行う計画を進言しておく。
同僚としても少々情けない」
さて、どうしてやろうかと考え出したカイルの横にイリーナが並び立つ。
「それで、何を考えていたのですか?」
イリーナもカイルと同じように祈りを捧げるイズミを見つめながら問いかける。
「…さっきも言ったが別に想い悩んでいたわけではない。
ただ、昨日の老人のことを少し思い出していただけだ」
少し寂しそうな、哀しいような声色にイリーナはチラリと一瞬横目でカイルの表情を見遣って再びイズミに目線を戻す。
「そうですか。…この街の領主は少しイズミ様に似ていたかもしれません。」
唐突に始まったイリーナの呟きに今度はカイルが彼女へと視線を向ける。
「…会ったことがあるのか?」
「粛正の日にここの領主を捉える任務には私も同行していました。
昨日の老人にもその時に会っています。最も調べ直すまでは忘れていましたが」
「どんな方だった?」
「領主の少女は少し不思議な方でしたね。
政務はとても優秀でこの町のために大変な努力をなさったようですよ。
情勢にも敏感だったようですし、私達が来ることもわかっていた様子でしたが何よりも変なお方でした。
普通自分を捕まえにきた相手にお茶を出そうとします?」
あの時は驚いたとクスクスと微笑みを浮かべながらイリーナはこの街の領主のことを教えてくれる。
「なるほど、確かに変わったお方のようだな」
「えぇ、一緒にいた騎士達も唖然としてましたよ。
椅子に座らせようとしてきたり、お菓子を勧めてきたり、結局終始彼女のペースでした。
彼女を連れて行こうとした時あの老人が駆け込んできたのを他の騎士が押さえつけていましたが、それ以外ではとても処刑人を連行するような空気では全くありませんでした。
あのように周囲の空気を和やかなものにしてしまうところはイズミ様ととても良く似ていましたね。
…それに彼女は最後まで笑顔でした。」
今のイズミ様と同じでしょう?
ずっと懐かしそうに微笑んでいた彼女が最後の一言をいう時には少し寂しそうな物に変わっていた。
イリーナの言葉にカイルもイズミへとその視線を戻す。
確かにイズミ様もずっと笑っている。
僕が専属の騎士として側に立つようになってからは一層その傾向が強くなった気がする。
彼女の今までの経緯を考えれば本来なら笑っていられることの方がおかしい。
無理をして笑っているのかそう疑いもしたが、側から見ていても彼女の笑顔は決して影を見せない。
「私はその時、彼女に貴方にした質問と同じことを聞きました。
何故、笑っていられるのかって。
だって不思議じゃないですか、自分が死にそうな時にどうして笑っていられるのか、必死に守ってきたはずの住民達に罵倒されて、石を投げつけられて、どうして恨み言一つ言わずに寂しそうに微笑むばかりなのか、私には分からなかった。」
「彼女は、なんと答えた?」
『この粛清は生き残る民にとっては希望になる。
女神の加護と教示で少なくとも数年は大きな混乱による反乱を防ぐことが出来るでしょう。
私は無意味に死ぬわけではない。
民の安心の為に死ねるなら治世者としてこれ以上の仕事はないでしょう?
私にはこれ以上彼らを守ることが出来ないけれど、いつか女神様ではなく人が人を守れるようにやれることは精一杯やってきたつもりです。
…後悔もないのに泣く必要なんてないでしょう?』
「……」
あまりの理由にカイルは言葉が出なかった。
ある意味で彼女は人としてどこかおかしい、だがその在り方は誰かにとても良く似ている。
「人は身勝手な生き物です。
勝手に自分の命が不安になったくせに他人の命を犠牲にして自身の安心を求めるのですから。
でも、私は彼女の示してくれた答えがあまりにも綺麗に感じて、否定できませんでした。
実際彼女のいうとおり人々は聖火を見て安心し、世界は大きな分裂を起こすことなく人同士で争うという最悪な泥沼を回避することが出来ましたから」
安堵。
自分で言いながらも吐き気がする。
人が燃やされる光景を見て安心するような人々が今この世界で笑って生きている。その事実が自身の中で消えない怒りの渦となって静かにあり続ける。
犠牲を少なくするためにはきっと必要な処置だったのだろう。
だが、数字上どれだけ最終的な犠牲者が少なかろうが人間的質を見てしまうと納得がいかないのだ。
あの日、あの広場で歓喜の声を上げていた者達に本当に生き残る価値などあったのか?
あの日、最期まで微笑んでいた彼女は本当にあそこで失って良い人材だったのか?
全てが終わった今、抱いてはいけない疑念がずっと自分の中から消えなかった。
そんな中イズミの監視の任務を言い渡された。
同性で、ある程度腕が立ち、枢機卿の信も厚く、聖女の監視も行える人材となると当時はイリーナくらいしかいなかったのだ。
初めてイズミと会った時のことは良く覚えている。
まだイズミが召喚されて1ヶ月ほどしか経っていない頃だった。
『初めまして!
貴方が私の侍女になってくれる人ね!
さあさあ、座って座って!今お茶入れるからねー
あれ?お茶ってどこだっけ?』
それはなんとも既視感のある光景だった。
状況こそ明らかに違うが侍女を歓待しようとして慌てる彼女の姿が
あの日炎に焼かれた少女の姿をイリーナに思い出させた。
『…聖女様、お茶の葉はこちらでございます。
それからお茶を入れるのは私の仕事ですので私にお任せください』
想像していた聖女との差に随分と呆気にとられたものだ。
『いやいや、お茶くらいは自分で入れれないと、あ、(パリンッ!)
ギャー!割れちゃったー!』
結局イリーナがいきなり割れた高価な茶器を掃除してお茶を入れることになったのだがそれからこれまでずっと彼女のペースに気がつくと引き込まれている。
最初は見ていてイライラすることも多かった。
いつも笑顔で誰にでも明るく接する彼女はお気楽で間抜けで今まで辛いことなんて何もなかったのだろうとその時は不覚にもそう思った。
だけど、そんなものは彼女の一面しか見ることができていないものの言葉だ。
彼女に求められる役割はそんな簡単なものではない。
ある日の浄化の儀式の最中彼女は急遽発生した別の瘴気の浄化に赴かなければならなくなった。
『まだ、ここの浄化が終わっていない。もう少し待って。』
目を閉じて祈りを捧げ続けるイズミは一瞥もすることなく静かに伝令にきた騎士に呟く。
『あちらで発生した瘴気を一刻もはやく浄化しなければ甚大な被害が発生してしまいます!』
だが、騎士はただの伝令ではない聖女への命令権を持った列記とした枢機卿の子飼いだ。
主人から言われた命令は絶対であり聖女に任務を果たさせることは騎士の命を左右するほど重要なものだ。
『…静かにしてください。
貴方達の被害っていうのは位の高い人が犠牲になることなんですか?
新たな瘴気が発生した箇所が貴族街だから、貴方達はこの貧民街の住民を捨てて貴族を助けにいけと言っている。
人の命への危険度で言えばこちらの瘴気の方がずっと高いのに。』
『当然です!たかが貧民の命がいくつ失われようとも……』
騎士の言葉は最後まで続かなかった。
今まで祈りに集中するために閉じていたイズミの瞳が開かれ初めて騎士を視界に捉えたのだ。
本来は漆黒である彼女の瞳が蒼穹のように美しい水色に輝いて1人の騎士を見つめる。
騎士が言葉を止めたのは決してその瞳の美しさに見惚れたからではない。
イズミが放つ強烈ともいえる魔力とその有無を言わせない雰囲気に呑まれたのだ。
『貧民と貴族が貴方達の認識では命として平等ではないことはわかりました。
だけど、私にはそうじゃない、今ここで放置すれば確実に死んでしまう人達を見捨てて少し置いておいても問題ないはずの場所の浄化に向かうなんて馬鹿なことを私は—うぐっ!』
最初イリーナには何が起きたのか分からなかった。
先程まで勢い良く喋っていたイズミが突然胸を抑えるようにして蹲ったのだ。
『はぁはぁ、くうっ!』
毒でも受けたのかと思わずイリーナが駆け出しそうになった時に
それまでイズミに気圧されていた騎士が勝気な笑みを浮かべながら聖女へと
悪態ともいえる言葉を吐く。
『は、はははは!やっぱりな!
私のいうことは間違っていなかった!
ほら聖女様、女神様は御怒りですよ。
貴方は女神様の使徒なのだからそのご意志に反することはしてはならないでしょう?
これ以上その痛みを受けたくなければ早く私と共に来てください。』
この言葉にイリーナは驚愕して騎士を見てついで困惑する。
仮にも女神の寵愛受けた聖女にあの騎士の発言はあまりにも無礼だ。
ともすれば脅しとも取れるような発言を女神を讃える神殿の騎士が聖女に行っている。
本来ならすぐさま処刑してもいいところだが騎士の発言の内容がイリーナを戸惑わせる。
あの騎士の言い方ではイズミが今苦しんでいるのは女神の意思に反したからで、この場を捨て貴族街の瘴気の浄化に赴くことが女神が示した意思だとでも言っているように感じたのだ。
イリーナが戸惑いに足を止める間にも状況は進んでいく
『さあ、行きましょう聖女様。
そうすれば、その聖印も怒りを鎮めてくださいますよ』
聖印?
そういえばこの任務を受ける際に枢機卿から伺ったことがある。
女神の寵愛を受けた証でありその印を持つ者こそ聖女の証、だがその実それは女神が聖女に与える呪いであると。
これが女神の呪い、女神の意にそぐわない行為や発言をすれば聖印は光を発し聖女に罰を与えると言う。
あの明るく、いつも笑顔だったイズミが冷や汗を浮かべて顔を顰めて蹲っている。
顔も青白く息も荒い、胸を抑えるその腕もプルプルと痙攣している。
—これほどとは—
イリーナはまたしても世界に絶望した。
あまりにも理不尽だ。
確かに彼女の命は保証されている。
彼女は世界を救う力を持っていてそれはこの世界では彼女しか持っていないものなのだ。
当然簡単に殺したりすることは出来ない。
だが、あれでは、あのように意思を痛みで従わせ、有無を言わせぬそのやり方はまるで奴隷を扱うようではないか。
無理矢理にこの世界へと召喚され、無理矢理に働かせ、逆らえば痛みを与える。
なんて身勝手、なんと醜い行いか。
目の前の少女は決してお気楽でも辛いことを知らなかったわけでもない。
ただ、聖女として、少しでもみんなに笑顔を与えていただけだ。
目の前で痛みに蹲る少女がイリーナにはなんとも哀れな存在に思えてきた。
だが、それもすぐに勘違いであることを教えられる。
『ううっ、そ、う。貴方も、そうなのね』
青白くした顔で地面を見つめていたイズミがボソリと呟いた。
しかしそれはイズミへと近づく騎士に向けられたものではなかった。
『ふざけないでよ!貴方が仮にも、慈愛を司るって言うのなら!
命に、付加価値をつけるな!
人の社会で命が平等じゃないのは当然、神ならぬ身では全てを救うことはできない。だから優先順位をつける!だけど、貴方は神様でしょ!
力を持った存在が、力を持った人だけを助けるなら、弱い人たちはいったい誰が助けてくれるのよ!
少なくとも私は!今目の前にいる生きたくても生きれない人を見捨てて、
今は生きれる人を助けになんていけない!』
突然地面から空へと顔を向けたイズミの怒号に、イリーナも周囲にいた護衛の騎士もイズミを連れて行こうとする騎士もその場にいる誰もが唖然とした表情でその動きを止める。
何を、彼女は何を、誰に言っている?
予想はつく、だがその予想に感情と思考がついていかない。
『貴方が選んだのは私!勝手に私を選んだのは貴方!
貴方がどれだけ私に痛みを与えようが、私は貴方の思う通りには操作されない!
この世界を救うのはこの世界で生きる人達自身、少なくとも世界の外から人ごとみたいに命令してくる貴方のような女神じゃない!』
あぁ、やはり彼女のこの怒りは、この想いは、女神に示されたものだった。
イリーナは冷や汗を浮かべた青白い顔色で空へと咆哮をあげるイズミを呆然と見つめる。
女神に寵愛を受けたと言う聖女が今女神の意思を拒絶した。
イリーナの心に感じたことのない熱い何かがこみ上げてくる。
—この世界を救うのはこの世界に生きる人達—
これに似た言葉をイリーナは聞いたことがある。
忘れることが出来ないイズミと良く似たあの少女から。
—女神ではなく、人が人を救う—
天をその美しい水色の輝きを宿す瞳で睨み付ける少女が、かつて微笑みを浮かべて聖火という業火に包まれた少女が重なって見える。
彼女の願いは、想い描いた未来は死んでなどいなかった。
今、目の前の聖女と呼ばれる別の世界から来た少女はこの世界で死んだとある少女の想いを確実に引き継いでいる。
—貴方の死は、想いは確かに無駄じゃなかった—
イリーナはその日初めて、悲しみの涙ではなく、嬉しさからくる涙を流した。
彼女がイズミを本当の意味で主人と仰ぐようになったのはこの時からだ。
「だから私はあの老騎士が抱いた想いも理解できます。
もしもイズミ様と出会っていなければ、私はあの老騎士と共に立っていたかもしれません。」
イリーナは祈りを捧げるイズミと空へと溶けていく魔素の光を見つめながらその想いを語った。
そのように心の内を打ち明けられることが信頼されているからこそだと言うことは流石にカイルもわかる。
だが聞くものが聞けば異端者として裁かれるようなことを同じ枢機卿の駒に語るとは思っていなかった。
そこまで信頼されているとは思っていなかったカイルは少し驚いた表情でイリーナの横顔を見つめる。
「イズミ様やカイルと出会えて本当に良かった」
風でふわりたなびく髪を押さえながら儚げに微笑む彼女が空へと消えていく無数の魔素の光にぼんやりと照らしだされる。
その横顔を見てカイルは一瞬時を忘れた。
美しかった。
触れば崩れてしまいそうな小さな体で自分と同じように多くの想いをその身に背負って来た彼女をカイルは強い人だと思っていた。
しかし今の彼女は本当に簡単に居なくなってしまいそうな儚げで弱弱しい雰囲気を漂うわせている。
—なんだ、これは—
カイルは自身の中に突然現れたその感情に戸惑う。
苦しいような、もがきたくなるような、そんな今まで感じたことのない知らない感覚。
目の前にいるこの小さな体を抱きしめて、消えないようにどこにも離したくない、そんな衝動にカイルは駆られていた。
あまり女性を相手にしたことがないカイルにとってこれほどまでに互いに信頼し合う異性の同僚など当然いない。
年の近い年代ではイズミがいるし違いに信頼もしあっている。
だが、彼女には主人として尊敬の念を持って接しているし、カイルにとって自身の命よりも大事な人ではあるがこのような感情も衝動も抱いたことはない。
全く経験のない想いに戸惑いカイルが混乱していると、突然周囲が慌ただしくなり、切羽詰まった様子でイリーナがカイルへと呼びかける。
「カイル様!イズミ様の周りに光が!」
イリーナの言葉にカイルは瞬時に思考を切り替え、イズミへと目を向ける。
空へと溶けていくはずの魔素の光がイズミの正面へと集まっていく。
その光景に焦燥感をあらわにするイリーナに対してカイルは冷静になった。
「大丈夫だ。あれはイズミ様に害をなさない」
この光景には見覚えがある。
イリスの町で2人の子供の姿を象ったあの時の光の塊と全く同じ現象だ。
カイルの落ち着いた様子にイリーナも慌てた様子から落ち着きを取り戻していく。
「…本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、安心しろ。
僕は以前にも見たことがあるし、あれから害意は感じない。」
とはいえ、イリーナが見たことのないその現象には不安感を拭うことが出来ない。
カイルのことはもちろん信頼しているがこのように経験したことのない理解不能な現象を前にしても安心していられるほど楽観的でもない。
不安になりながらもイリーナは祈りを続けるイズミの前に集まっていく光を見つめ続ける。
徐々に大きくようになったいく光の塊が人の形のようになり始めたその光景にイリーナは目を見開いて驚く。
光りが象ったのは1人の少女の姿だった。
おそらくはイズミと大差のない年齢のその少女を見てイリーナは時を一瞬忘れたかのように固まる。
知っている。その少女を自分は知っている。
何故炎に呑まれた彼女が今ここにいるのか。
記憶にあるその姿と目の前の光景は寸分違わない。
光の少女を前にしたイズミがゆっくりと祈りのために閉じていたその瞳を開けて少女を見る。
一瞬互いに見つめ合った2人の少女はゆっくりと同時に手を伸ばして正面で重ね合わせる。
光の少女がイズミに何か口を開く。
この場所からでは彼女がイズミに何を言っているのかは分からない。
だが、光の少女がイズミに向けるその穏やかな微笑みと、今にも泣き出してしまうのを我慢したかのような微笑みを受かべるイズミを見る限り慌てて駆け寄るような内容ではきっとない。
光の少女がイズミへと向けたその視線を一瞬こちらに向けると、僅かに微笑んで彼女は霧散するようにその姿を消した。
「最後にこちらに視線を向けてきたが、其方の知っているものか?」
「…はい。先ほどお話しした領主様のお姿でした。」
あぁこんなことが、こんな奇跡がまだこの世界にはあったんだ。
過去に戻る方法なんてない、考えるだけ無駄なことだ。
だけど、思ってしまう。
もしも、もしもあの方が生きていていたのなら、あの光のようにイズミ様と2人で手を取りあって笑っていらしゃったのだろうかと。
そうであって欲しかったと。
「綺麗なお方だったな、確かにイズミ様と気が合いそうなお方だ」
「えぇ、とても、とても仲良くなれたと思います」
涙を止めるのは存外に難しいものだ、イリーナはこの時静かに思った。
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