2話 選んだ選択 前編


 枢機卿直々に依頼を受けた10日後、依頼を受けた町の浄化の為、僕達はイリスの町の硬く閉ざされた正門前に立っていた。


「……先触れの報告通り、手遅れだったということか」


 そう呟くのはこの聖女一行のまとめ役にして近衛騎士長のリード・アルティメス。がたいがよく強面で歴戦の戦士であるがその蛮族のような顔つきからいまだに相手のいない32歳、独身である。


 聖女が町を訪れるともなれば今までの普通の町なら歓待の嵐で役目を果たすのも一苦労の有り様であったが今この町では、その姿を見ることはできない。

 それどころか、出迎えの1人も正門の前にはなく、通常なら来訪者を喜んで

受け入れるその門も硬く閉ざされている。


 あきらかな異常である。


「城壁の見張りも見えません。それどころか町の中から一切の音がしません」


 すでに町民全員が息絶えているのか。

 そう想定させるほどに町は静寂そのものであった。


 当初の予定では町の歓待を受け、翌日に瘴気の発生場所や分布の調査を行なって、発生源を特定次第、浄化を行うこととなっていたが、この異常事態に町を目前にしてどう対応をするか協議すべく一行の上役と聖女様が集まり方針を協議することとなったのだが……


「…一度聖都まで撤退するべきではありませんか?」


「しかし、中を調べてみないことには何が起きているのか確認できない。」


「瘴気によって町が滅んでいるならこの場所からある程度浄化を掛けてから

 侵入した方がいいのではないか?」


「いや、町の外では瘴気の濃度の上昇は見られない。

 計器は正常だし、瘴気による全滅とは考えにくいぞ」


 あーではないか、こうではないかと憶測の話ばかりが膨らみ肝心の対応策について意見がまとまらない。

 時間ばかりがどんどんとすぎていく中、遂に我慢出来なくなったのか一行の主人である聖女様が遂に町内に侵入して門を開けてくるなどと危険極まりない発言をするに至ってしまった。


「危険です。内部で何が起きているのか不明な現状で壁内に侵入するなど、余計な犠牲者を増やすだけの可能性があります。せめて調査隊を派遣してからでなければ……」


「それなら、こんなところで議論ばかりしてないで内部の調査に早く人員を出すべきです」


近衛の上層部がなんとか聖女を思い留まらせようと対応するが、彼女は早急に対応しようと必死だ。


「我々だけでは危険すぎます。聖都からの指示を仰ぎ、別に調査隊を派遣して貰わなければ、聖女様の守りが手薄になります」


「そんなことをしていたら時間がかかりすぎます!

 今ならまだ、助かる人がいるかもしれないでしょう!」


 聖女様の言葉に周囲が一瞬驚き、動きを止める。騎士の誰もが町民の命など気にはしていない。近衛の仕事は聖女の護衛とその仕事の補佐で、平民を助けることではない。

 

 何より理解できないのだ。


 彼女は女神の呪いによって無理矢理働かされてるにすぎないとそう思っている者にとって、なぜ彼女が危険を冒してまで命の価値の低い平民如きを助けようとするのか。


この世界に於いて異質な考え方を理解できない。


 周囲の反対意見が一瞬収まったことで、好機と見たのか勢いよく聖女様が喋り出す。


「私の仕事は、一刻も早くイリスの町の浄化を行うこと。

 あなた達は私の護衛と同時に仕事の補佐をするのも役目でしょう?

 それに、少なくともこの町に何が起きているのか、確認もせずに撤退なんてしたらどういうことになるのかなんて、貴方達の方が良くわかっているでしょ!?」


 確かにここで状況確認もせずに撤退というのは近衛騎士にとって、いや聖女一行にとって非常によくない評判を招くことになるだろう。

 まだ生きているかもしれない町民を見捨てておめおめと聖都まで逃げ帰ってきたとなると近衛騎士の責任者はなんらかの叱責を負う形になるだろうし、仮に調査隊が派遣されている間に瘴気が広がり始めていたら被害はさらに拡大することになる。そうなれば責任は騎士団、全員に向かうことになるだろう。


「私は聖女!私を召喚した時からずっと役目を果たせと貴方達は私にそう言って聖女をさせてる!なのに貴方達の方がその役目を放棄して、町の人たちを見捨てて逃げ出そうとするなんて、そんなこと、絶対に赦さない!!」


 そう言って僕達を見る彼女の瞳には純粋な怒りが渦巻いている。


 僕自身、彼女の姿は意外だった。


 今まで、祈りを繰り返し、多くの地域を浄化していた彼女の行いはこの状況をどうすることもできないことへの諦観と逃避によるものだと思っていた。

 だがどうやらそうではなかったらしい。彼女はその責務を果たしていたのだ。勝手に連れてこられ有無を言わさず働かされ、己が願いも聞き届けられず知りもしない人々の為に世界の為にその身を削って働く。


 彼女のそのあり方はまさに古から伝わる聖女にふさわしいものだった。


 なら僕はどうだろうか?

 幼い頃から騎士になるべく教育を施され鍛錬に身を費やした自らは、騎士たらしめる何か行いができているだろうか。

 

 そんな疑問が自身の中に湧き出した。


 だからなのだろうか。

 ふと気がつくと僕は手を挙げていた。


「……騎士長。自分が街の中の調査に志願します」


 口からこぼれた言葉はよく考えたうえでのものではなかった。

 この時は、なぜこんな面倒な任務に志願したのか、自分自身、よくわかっていなかった。


 ただ、彼女の言葉に胸が熱くなって、じっとしていられなくなったのだ。


 それだけは自覚できた。

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