プロローグ7

「マネージャーさん。お昼ありますか? よかったら、これどうぞ」

さきほどの実行委員長らしき学生がパック包装された焼きそばを配給してくれた。

学園祭バージョンの学食で買ってきてくれたらしい。遠慮なく頂く。

かえではコンビニのおにぎりで、島津さんはマイ弁当を持参していた。

「声優さんが食堂にいたら、大騒ぎになるので全員分用意していたのですが……」

委員長が余った焼きそばを手に困った表情を浮かべた。

「優秀な膳奉行ぜんぶぎょうさんですね」

かえでのトリッキーな日本語に首を傾げたまま、委員長はその場を後にした。

背中のポロシャツは汗ばんでいた。

「かえでちゃんとマネージャーさんって、どんな知り合いなの?」

島津さんが探るように訊いてきた。

「ん?」

おにぎりをほおばったまま、かえでが反応する。

「幼なじみですよ。お互いの両親が仲良くて」

「そういうことね。さっきマネージャーさんのこと名前で呼んでたから少し驚いたわ」

得心のいった表情で島津さんがお弁当のタコウインナーをつまむ。

「会うのは五年ぶりぐらいですが……」

「五年ぶりです」

おにぎりを飲み込んだかえでが復唱する。カエルの歌のように。

「島津さんは声優になってから長いんですか?」

「あら、年齢は言わないわよ」

「いえ、そんなつもりじゃ……」

じんにーちゃんダメだよー。女の人に年齢聞いたらぁ」

「ふふふ。そうねぇ。今年で四年目かな」

「専門学校に通ったんですか?」

「少しだけね。でも、オーディションの方が重要なの」

「オーディション?」

「うん。プロの声優さんでもアニメごとにオーディションがあるの」

「ほえー。知らなかったな」

「島津さん、刃くんはアニメを見ないんです」

「そういう人もいるわ。でも最近ではスマホゲームの仕事もあるのよ」

「ああ。それなら知っています。ときどきゲームやりますから」

「かえでちゃん、今度はゲームの声優の仕事もいいかもね」

「どうしてですか?」

「アニメと違って、キャラクターの口の動きに合わせる必要がないから簡単なの。駆け出しの声優さんにはぴったりよ」

「うーん。考えてみます」

「そうだ。島津さん、名刺を渡しておきます。何かあったら連絡ください」

「ようやくマネージャーさんらしくなったわね」

お弁当を片付けながら、島津さんは俺の名刺を眺めた。

斎藤刃さいとうじんさんね。わかったわ」

「島津さん、一橋さん。あと十五分で本番でーす!」

半開きのドアの向こうから担当者の声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る