プロローグ6
踏切の警報音を聞きながら、改札を抜けるとふいにかえでが走り出した。
「島津さぁーん!!」
前を歩いていた大人の女性がくるりと後ろを振り向いた。
「かえでちゃん!」
「奇遇ですねー」
「せっかくだから、一緒に行きましょ」
同業者に会えてうれしいのか、かえではぴょんぴょん跳ねている。
「あ、ちょっと待って下さい。紹介します。マネージャーの
「初めまして。噂はかえでから聞いています。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「かえでは、まだ未成年なので契約とかには付き添いがいるんです」
「そうね。声優といっても、まだ高校生だもんね」
「島津さん、早く行きましょ! 遅れちゃいますよ」
かえでは島津さんの腕を引くと姉妹のように連れ立って歩きだした。
道は狭いが、商店街は賑わっている。おそらく地元の学生たちによって潤っているのだろう。シャッターを下ろしている店はほとんどない。
商店街全体で大学をサポートしている雰囲気だ。
「そうだ。
「兵糧?」
「たぶんお昼ご飯のことです」
「なるほどね。かえでちゃん、たまに変わった日本語使うわよね」
ずんずんとコンビニに邁進するかえでの後ろ姿を見ながら島津さんがぼやいた。
「小さい頃から変でした」
「実家はどちらなの?」
「静岡です。かえでも私も」
「じゃあ、新幹線で?」
「はい。昨日、東京に着きました」
世間話を終えるとかえでが満面の笑みで自動ドアから出てきた。
「お待たせしましたぁ。行きましょうか」
すると再び島津さんと腕を組んで歩き始めた。
「かえでちゃん」
「何ですか?」
「台本は難しかった?」
「いえ、セリフが少なかったので、全部覚えられました!」
「よかった。学園祭だから少しアドリブも入ると思うけど、気楽にね」
「はい!」
大学に着くと正門の前に出迎えの学生が立っていた。キョロキョロしていたので、雰囲気でわかった。
「あっ! 島津さんですか?」
安堵の表情に変わった学生が声をかけてきた。長い時間、待っていたようだ。
「ええ、こちらが一橋かえでちゃん」
「よろしくお願いします」
かえでもプリーツスカートを揺らしながら、深々とおじぎをする。
「では、こちらにお願いします」
軽く挨拶を交わすと大講堂の脇にある小部屋へと案内された。
「こちらは、マネージャーさんですか?」
学園祭の実行委員長らしき人に聞かれた。
「ええ、まあ」
今日付けで着任したとは言えない。いかにもベテランっぽい顔つきで答えた。
「一橋さんって、まだ高校生ですよね?」
「そうですが……」
「高校生で好きな仕事を見つけられて羨ましいです。来年、四年なので就活をしているんですが、どうも好きなことと仕事が一致しなくて………」
「うーん、難しい問題ですね。私も就職は悩みました」
「あと、これは謝礼です。ほんの気持ちですが……」
「はい、しっかり受け取りました。領収書は?」
「お願いします」
金額を確認し、事務手続きを済ませると委員長らしき人物は島津さんの方へと歩いていった。
こういうイベントの主催者は大変だな。手続きばかりで自分はイベントを楽しめない。いわば裏方だからな。
しばらくすると今度は進行担当の学生が二名ほどやってきた。
「初めまして。今回のイベント進行をする者です。島津さんと一橋さんのトークイベントは午後三時からです。簡単なリハを午後一時から二十分ほど行います。流れを確認するだけなので、声は出さなくて結構です」
かえで、島津さん、俺の三人が同時にうなずく。
「マイクは二本しかないので、司会の紹介が終わったら、司会のマイクをそのまま一橋さんに渡します。島津さんはマイクを持って入場して下さい。不便かとは思いますが、よろしくお願いします」
なぜかかえでも島津さんに頭を下げている。
その様子を見て島津さんが一言。
「かえでちゃん、あなたも出るのよ」
「わかってますぅ。わたし、人前で話すの初めてなので緊張しちゃって………」
「大丈夫よ。ちょっとした学生のお祭りなんだから、気楽に」
「わかりました」
かえでの目が急に輝いた。
島津さんはかえでにとってローマ法王級に尊敬する人物なのだろう。かえでの表情が安らいだように見えた。
リハが終わると食事休憩に入った。あと一時間ちょっとで本番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます