プロローグ5

翌朝、正午に島津さんと現地で待ち合わせていると聞いた。

牛丼を食べながら…。

「その学園祭の場所は?」

「けいおう線だったかな」

「確か新宿駅だったような。そろそろ行くか」

「目付役よろしくね♡」

かえでは鏡で身だしなみを整えるとウインクをしながら言った。それがやけに声優っぽい響きだったので、横顔を三秒ほど見つめてしまった。

気を紛らわすように二人分のプラスチック容器をキッチンのごみ箱に押し込むと俺も出かける準備をした。

「早くー」

すでに準備万端のかえでが玄関前で俺をせっつく。

「あと、ネクタイだけだ」

「別に学祭なんだから、そんなの大丈夫だよ」

靴べらを探しながら、アルミ製のドアに鍵をかける。

「さっ、行こう!」

カンカンと軽快なリズムで制服が階段を降りる。

俺の住んでいるような場所にエレベーターなどない。しかし、それがかえって根津らしい雰囲気を醸し出していた。

地下鉄で新お茶の水駅まで行き、中央線で新宿方面に進路を変える。

日曜の昼前なのでかなり空いていた。同じ車内なのに通勤するときとは全く雰囲気が違う。

みんな観光地に行くようでウキウキした空気が流れている。

まもなく世界一の乗降客数を誇る新宿駅だ。

「かえで。一度、南口に出るから」

「いいよ」

新宿駅はラビリンスだ。

JRから京王線へ直接、乗り換えるのは高度なテクニックが必要とされる。一度、広い南口に出て、乗り換える方が三島育ちの俺には分かりやすい。ICカードを持っていないかえで用に切符を買ってあげる。

「これ、切符ね」

「ありがと」

白い小さな手が切符を大事そうに受け取った。

「次は三番線だな」

「待って」

ふいにかえでが手をつないできた。やはり人混みが怖いのか。

強く握り直すと駅員の気分で電車までエスコートする。

「ねえ、島津さんのこと知ってる?」

「いや」

「うそぉ、けっこう有名な声優さんだよ!」

「アニメ見ないし…」

「それでも目付役のつもり?」

「少しずつ覚えるよ」

ドサッと雑誌を渡された。

「ちゃんと予習しておきなさい」

雑誌を見るときれいな女性が表紙を飾っている。声優さんだろうか。表紙をめくると巻頭のスナップ写真の他にインタビュー記事やオーディション情報が載っている。

「へぇー、こういう雑誌があるんだ」

「そうだお」

かえでが人差し指を突き出して言った。

じいちゃんに無理やり声優のマネージャーを依頼されたのであまり興味が湧かなかった。ペラペラとページをめくる。

「着いたよ」

かえでの声で目的地を知らされた。

「降りるか」

雑誌をビジネスバックにしまうと冷房の効いた車内に別れを告げた。

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